【死(屍)蝋】死体が長時間、水中や地中などに置かれた場合に、脂肪が分解して脂肪酸となり、水中のカルシウムやマグネシウムと結合してチーズおよび石鹸様になったもの。(冒頭より)

 

櫛木理宇さんの『死蝋の匣』のレビューになります。一応ですが、読み方は「しろうのはこ」です。個人的には、ここ最近の櫛木本の中でかなりオススメの一冊となっています。

 

評価★★★★★

登場人物一覧表を見て、その多さにビビったものの、まったくごちゃごちゃにならない人間関係&描写で読みやすい!「親子の性格や犯罪性は遺伝するのか?」というテーマは、ちょうど同時期に出版された『骨と肉』と同じではあるが、断然こちらの方が面白かった。あえて言うなら、この作品を読む前に筆者の『虜囚の犬』をチェックするべし。

 

茨城県の住宅で顔面に劇薬をかけられ滅多刺しにされた男女の死体が発見される。 現場には犯人の下足痕・指紋・DNAまでもが残されていた。 関係者を洗う敷鑑班に割り振られた捜査一課の和井田は、被害者たちがジュニアアイドル事務所を経営し、12歳以下の幼い少年少女にきわどい仕事をさせていたとの情報を掴む。 多方面から恨みを買っていたと確信する和井田のもとへ指紋鑑定の結果が。 指紋は椎野千草という女性のデータと一致し、彼女はかつて起こった一家心中事件の生き残りで、和井田の親友・白石が家裁調査官として担当した少女だった。 和井田は千草の話を聞くために白石を訪れるが、白石は「彼女に人は殺せない」と主張。 それには千草の父親が起こした一家心中事件が深くかかわっていた

 

あらすじ補足

今回はジュニアアイドル界の闇が描かれています。世の中信じられないことに、我が子をアダルト業界に売っちゃう親がいるのです。そこで行われていることは、ほとんど直視できないようなものばかり。ロリコン相手にきわどい下着でグラビアを撮らされたり、大人と絡んだイメージDVDを撮らされたり・・。ちなみに「撮影会」と題したファンとの交流会で、気持ち悪いオジサンが少女をだっこしながらチェキを撮ってもらったり、大勢のカメラマンが群がる中で少女が変なポーズを求められていたり・・という様子は、リアル世界のネットでも画像つきで拡散されています。

 

本書はそんな最低なことを子供にさせて稼いでいるジュニアアイドル事務所の経営者が何者かに殺害されたところから始まります。死亡したのは社長とその内縁の妻。警察はこの事務所に所属していた元タレントによる怨恨かと睨みますが、その後すぐに近くのコンビニ駐車場で女子中学生五人が見知らぬ女性から刺されたと通報が入ります。どうやら女性はこの二つの事件に関与していると見られ、それがかつて起きた一家心中事件の生き残りの少女だと判明します。

 

読書ポイント

本書にはさまざまなテーマが絡んできます。まずは芸能界の闇。主に児童ポルノ関連ですね。これは日本の恥部と世界から認識されている問題でもあるのですが、こうやって小説のテーマに取り上げてくれる作家さんがいて◎。また、そういうことを子供にさせる親の背景(家族の問題)まで掘り下げています。

 

事件概要

①芸能事務所経営男女滅多刺し事件⇒②女子中学生五人殺傷事件(一人死亡、一人重症)⇒③水戸男性刺殺事件⇒④白骨死体遺棄事件(元ジュニアアイドルの遺体)

 

これらに合わせて過去に起きた妻子四人無理心中事件が追加されます。その生き残りが椎野千草という女性。①と②の現場から彼女の指紋が取れたため容疑者候補になるものの、彼女とジュニアアイドル事務所との関係は一切ありません。元家裁調査官の白石は、かつて千草を担当していたことから千草犯人説を否定し(そもそも彼女は一家心中の被害者であり、殺人行為を軽蔑している)、独自で真犯人の調査を始めます。しかし、彼女が先日まで勤めていた工場の元同僚に、例の事務所に所属していた女性がいたことが判明。なにか接点があるとしたらそこなのか?という流れになります。

 

感想(ネタバレなし)

某お騒がせユーチューバーもジュニアアイドル出身で、当時母親からロリコン相手の仕事をさせられて病んでしまったのは有名な話ですよね。彼女が荒れてしまったのはそれが大きく関係していると思いますが、世間の反応は冷たいものです。

 

本書に登場する子供たちも酷いことをたくさんされてきました。それも三歳、四歳とかの年齢からです。彼女たちは稼ぐための道具でしかなく、人権などありません。ネグレクト家庭出身ばかりで、児童としての年齢的期限を迎えたとたん親から用無しにされ、多くが児童養護施設に入ります。

 

彼女たちは小さい頃から特殊な世界で育つため、世間とはかけ離れた常識を持っています。もともと知能は正常でも、まともな教育や躾を受けていないため、精神年齢は著しく低く、人間関係で困難さを抱えている者がほとんど。

 

さらに彼女たちの親も同じように親からネグレクトされて育っているため、子供の愛し方も、自身の愛され方もわかりません。しかし、本書の鋭いところはこの「親」という部分が「母親のみ」ではないところです。”愛情のない”母親だけでなく、”家庭に無関心な”父親にも触れられているのです。しかも本書では虐待を一般家庭でも起こっている問題として描いてくれています。

 

日本の女性は結婚したとたん「妻」ではなく、家族全員の「母親」になることについて。また、父親は働いて家族を養う以外の存在意義がわからないことについて。きちんと触れられています。

 

妻や子供の愛し方がわからない男性が多いのは、自身がそういった父親を見て育ったからでしょう。さすがに令和にはもう絶滅しつつある考えだとは思いますが、まだ現役子育て世代は「自分の親がそんな感じの夫婦だったから自分は子供に同じおもいをさせたくないな」くらいに考えている段階だと思っています。この世代でさえ目指す親のロールモデルがいないので、実行できるのはもう少し下の世代かと。

 

あまり話題にはなりませんが、家族の中でもひとり浮いてしまう存在というのはいるものです。親がそうなる場合もあるし、子供の場合もあります。話しかけられない、抱きしめられない人間は、どんどん野生化していき、人間らしさを失っていきます。そして「愛されない」「愛し方がわからない」の無限ループへと陥る・・。読んでいるだけでも気が滅入ってきます。

 

想像よりもずっと重い話になっているので、読む際はくれぐれもご注意を。しかし、本当の要注意は「影」の存在です。これこそが櫛木ワールド。

 

『死蝋の匣』最大の気色悪さは、いろんな人の家の天井裏に移り住む「影」の存在です。「影」は住人の留守中にこっそり部屋を徘徊しては、トイレやシャワーを借り、バレない程度に食事を済ませ、時には外出までしています。しかもこやつは天井裏に赤ん坊の死蝋を隠していて大事にしています。

 

これが事件にどういったかたちで絡んでくるのか。これから読む方は推理しながら読んでみてください。ちなみにこの「影」は人の歯ブラシまで使っているんですよ。気持ち悪すぎて、思わず自分の家も心配になりました。

 

みなさんも時々どこからともなく異音がする、物が減った気がするという場合は心霊現象よりも床上床下を気をつけて・・。以上、『死蝋の匣』のレビューでした。

 

 

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