今回は近藤史恵さんの『歌舞伎座の怪紳士』のあらすじ・感想・おすすめポイントをご紹介します!

 

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評価★★★★★

メンタルを病んでからなかなか社会復帰できずにいる主人公の焦りに思わず感情移入。心理描写が丁寧で、やさしさに溢れている一冊。歌舞伎やオペラ、演劇の魅力をたっぷりと紹介しているところも◎。実際に観劇しているかのような気持ちになれてワクワクします。

 

 あらすじ

岩居久澄、二十七歳。無職で実家暮らし。新卒後勤めていた会社でメンタルをやられてからパニック障害のような症状を患っています。現在は研究職をしている母親と医師をしている姉から小遣いをもらいながら家事手伝いをして過ごす日々。そんな中、父方の祖母しのぶから「自分の代わりに歌舞伎を見に行くバイトをしてくれないか?」と頼まれ、引き受けることに。すると、すっかり歌舞伎の世界に魅了された久澄は、その日から立派な観劇オタクになってしまいます。

 

しかし、ここで一つ不思議なことが。それはまだ本調子ではない久澄が観劇中ちょっとしたことで不安定になる度に必ず登場する老紳士・堀口の存在です。久澄はやがて堀口と会うのも楽しみになる一方で、毎回同じ劇場、同じ公演で彼と再会することに違和感を覚えます。もしやこれは、しのぶさんが仕組んだ罠?!心配になった久澄は姉の香澄に相談すると、「ひょっとしたら老紳士と久澄はお見合いをさせられているのではないか?」という説が浮上します。

 

 おすすめポイント

本書で注目していただきたいのは、心に傷を負った久澄が一枚のチケットをきっかけに再び人との交流を持ち、ゆっくりと回復していく姿。趣味のパワーは偉大で、久澄の傷ついた心をどんどん外側へと向かわせてくれます。

 

はじめは働きたくても働けないことに負い目を感じ、金欠からどんどん二十代らしいこともできずに落ちぶれていく自分をただただ嘆いていた久澄。家族に迷惑をかけていることも申し訳なくて、もう何年も将来に不安しかない絶望感に胸を締め付けられています。

 

ようやく元気を取り戻し、友人と会うほど前向きになったときには「歌舞伎なんて富裕層の暇つぶしじゃん」「久澄は恵まれているよね」「仕事もない、お金もない、恋人もいない、誰にも必要とされていない、久澄の人生ってどこにあるの?」と言われ、せっかく上昇した気持ちが一気に下降していくシーンも辛いです。しかし、ここは本書において重要なシーンになっているので、ぜひご注目してください。

 

 感想

一度社会から弾かれた久澄(それも理不尽な理由で)が、死に物狂いで悩み、けれども最終的には趣味を通して復活するところに泣けました。これからは趣味さえあればそれが一番の薬となって、身心を癒してくれるのでしょうね。

 

そして毎回高いチケットをくれ、五千円のバイト代までくれるしのぶさんもとても素敵な女性だなぁと思いました。しのぶさんは文化的資本を備えたリッチなおばあ様なのですが、とても厳しい人で、小さい頃から久澄は苦手意識を持っています。しかし、堀口さんから「しのぶさんに似ていますね」と言われた時、久澄はなぜかとても嬉しくなります。自分は高学歴高収入の母や姉と違って、取柄も泣く心も弱いのがコンプレックスだったのに、あの凛としたしのぶさんに似ているなんて!!あの逞しいしのぶさんに似ているなんて何だかそれだけで強くなれた気がする!!と、感じたようです。

 

久澄は気づいていませんが、歌舞伎が好きな時点で彼女はしのぶさんと似ているのです。友人からも指摘されたように、なかなか歌舞伎が趣味という若い子はいないので、それを面白いと思える時点で(しかも久澄は文学にも精通している)かなりしのぶさんの素質を持っています。久澄は自分では気づいていませんが、きっと将来はしのぶさん以上の逞しいおばあちゃんになるのではないかと思いました。

 

 まとめ

さいごに私が一番心に残ったシーンをご紹介しておわります。

 

それは「おすすめポイント」でも挙げた、久澄が友人から言われた「久澄の人生はどこにあるの?」という言葉。これに対して堀口さんは「ここにいることが人生ですよ」と教えてくれます。

「もしかすると、そのお友達が、誰かにそう言われているのかもしれませんね」「ひとつ覚えておくといいですよ。誰かがあなたを責めようとして発することばは、自分がいちばん言われたくないことばですよ」「だから、あなたが傷つく必要はない。傷ついているのは、そのお友達です」P172~173

 

確かにそうですよね。さすが数々の文化に触れてきた堀口さんが言うことは違う!ちなみに堀口さんの正体は見合い相手ではありません。しのぶさんも罠など仕掛けておらず、純粋に久澄に何かしてあげたかっただけ。そうなると、堀口さんの正体はいっったい何者なのでしょうね?それは本編を読んでのお楽しみということで!

 

本書を読むと歌舞伎だけではなく、オペラや様々な規模のお芝居を観劇している気分になれます。きっと久澄のようにそこから人生のヒントにつながる何かを発見する人も多いのではないでしょうか?文化を楽しむということは心を豊かにしてくれる。そんなことを改めて実感させてくれる一冊でした。

 

 

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