今回ご紹介するのは、浅草オペラの歴史を描いた歌劇小説になります。

 

 浅草オペラとは、浅草興行界で栄えた、オペラやオペレッタ、ミュージカルなどの日本語音楽劇の総称を言います。本書には、一応「この物語はフィクションです。作中に同一の名称があった場合でも、実在する人物、団体とは一切関係ありません」と注意書きされてはいますが、ページを開くとたくさんの実在した人物が登場します。

 

たとえば・・イタリア人演劇家のローシー、ダンサーの高木徳子、オペラ歌手の原信子、作曲家の佐々紅華、興行師の根岸吉之助、他にも石井漠や沢モリノ、河合澄子、田谷力三、清水金太郎・清水静子夫妻などの豪華メンバーがゾロリ。ちなみにサムネ画はウィキペディアから拝借した高木徳子さんのお写真です。

 

正直、大正時代の歌劇について全然詳しくない私ですが、いざ読んでみるとつっかえることなく、その世界観を楽しむことができました。ただ、ほとんどのキャラクターが実在していたことはわかるのですが、主人公の山岸妙子だけはオリジナルなのか、実在していたのか謎のまま。おそらくここはオリジナルだろうと思って読んだのですが、あっていますでしょうか??

 

作品紹介だけ読むと難しい本に思えますが、実際はエンタメ要素の強い作品です。表紙なんてまるで少女漫画のようですよ。

 

 

 

 

ね?

 

と、少々前置きが長くなってしまいましたが、以下に簡単なレビューをしていくので、興味のある方は読んでみてください。

 

 

 

帝劇とローヤル館

 

主人公の山岸妙子は、女優を夢見て16歳で帝国劇場洋劇部に入団します。ここで妙子は指導の厳しさで有名なイタリア人演出家のローシーからしごかれつつも、へこたれずに稽古に励みますが、周囲は彼に不満を抱えています。この時代、まだ日本人にはオペラは受け入れられず、お客さんの入りも微妙なところ。それに加え、団員のレベルも一部をのぞいては素人同然であり、ローシーの怒りは頂点に達します。

 

そうこうしているうちに、ローシーの説教(というか体罰?モラハラ?)と低賃金に耐えられなくなった団員たちが一人減り、二人減り、あっという間に洋劇部はなくなってしまいます。

 

洋劇部解散後、妙子はローシーが新設したローヤル館に所属することにし、何とか難を逃れます。しかし、そこでもローシーと団員は上手くいかず、慢性的な人手不足状態が続きます。妙子はというと、相変わらずローシーからダメ出しをくらっていまだ脇役ばかり。おまけに帝劇時代よりも給金は下がり、生活苦に追われます。

 

 

 

女たちの夢

 

実をいうと妙子は、実家の父から女優になることを大反対されていました。それでも上京できたのは、兄が必死に父を説得してくれたのと、東京に叔母が住んでおり、そこで下宿させてもらうことを条件に何とか許しをもらえたからです。しかし叔母は売れない小説家をしており、稼ぎはほとんどなかったため、妙子の給金が生活を支えている状況でした。

 

このままでは先が危ういと焦る妙子でしたが、なぜか叔母はどこにそんなお金があるのかというほど遊びに繰り出すようになります。その原因は男。それも不倫でした。叔母はそれを自由恋愛と誤魔化しますが、相手の男は叔母に借金をさせ、金づるにしていたようで・・。そんな男の裏切りに薄々気づいていた叔母は、男から決定的な言葉を突きつけられると心中を図り、自分だけが亡くなってしまいます。

 

叔母の死を知った父はすぐさま妙子を実家に呼び出し、見合いをするように言い―

 

ここでも兄が見合い相手と父を説得し、何とか妙子は結婚を免れて女優を諦めずに済みますが、そのかわりに父から勘当されてしまいます。しかし、家族に父の味方はおらず、快く東京に送り出してもらった妙子。もともと両親の結婚は、没落士族であった母方の家がつくった借金を、豪農の父方の家が肩代わりすることでまとまったものでした。そのため妙子の母は父に頭が上がらず、意見することを許されずに生きてきたのです。そんな母を見て育った兄は、同じ「女」である妙子まで横暴な父から生き方を制限されることに腹を立て、絶対に妹の夢の邪魔をさせまいと協力してくれます。

 

叔母が当時の女性からかけ離れた生き方をしたのも、姉である妙子の母の生き方に反発心を持ったからでしょう。借金のためとはいえ、士族の身分でありながら百姓に娘を嫁がせた両親への怒り。そのせいで進歩的な考えを持つ女性になろうとした結果、叔母はその考えを利用する悪い男に捕まってしまったのです。

 

 

 

浅草オペラ

 

この後ローヤル館を辞めた(ローシーに嫌われてクビ)妙子は、帝劇時代の先輩・沢モリノに誘われて、同じく帝劇時代の先輩(ローシーと不仲で喧嘩別れした)石井漠が新たに旗揚げした「東京歌劇座」に入団します。妙子はここではじめて満員の観客を前にしたステージに立ち、安定した給金を貰うことになります。一方、ローヤル館は、妙子が東京歌劇座に移ってからすぐに金銭的な事情で閉館し、ローシーは日本を去ることになりました。

 

ここからがいよいよ浅草オペラの幕開けです。すっかり大人気となった西洋大衆音楽と、それに魅了されて活気づく浅草。妙子は毎日充実した日々を送れるようになりますが、それと同時に気にかかることも。

 

妙子はローヤル館にいた時に自らスカウトしたヴァイオリン弾きのハルという女の子に責任を感じていました。現在ハルは父が病に臥せっており、何とか治療費をひとりで稼がなければならない状況ですが、妙子が誘ったローヤル館が閉館したばかりに職を失ってしまいます。ただでさえ一足早くにローヤル館を辞めた妙子は、人手不足と賃金不足に喘ぐハルを置いて来た後ろめたさを感じていたのですが・・。結局ハルは原信子が新しくつくった団に入り、以前よりは職場環境が整います。

 

妙子にとって「東京歌劇座」時代は華々しいものでした。少なからずファンもでき、同業者からも実力を認められ、そこそこ有名人になります。ここだけの話、あのローシーが妙子にきつく当たった理由は、彼女が自分の手に負えない天才だったから。妙子はそれを先輩のモリノに指摘されてようやく気づき、少しずつ自信をつけていきます。

 

 

 

仲間たち

 

妙子の人生はすべて帝劇時代の仲間たちによって成り立っています。ローシーの指導に腹を立て去っていった先輩方は、それぞれ別の劇団を設立し、それぞれの弟子を連れて行きます。しかし高木徳子や原信子といった大御所たちはトラブルメーカーでもあり、ついていけなくなった後輩たちは他の劇団を転々とすることになります。

 

音楽史に詳しい方は、本書を最後まで読まなくてもおおよその展開がわかると思いますが、高木徳子は途中で亡くなってしまいます。夫の陳平がDV野郎だったのと、ヤクザの興行師に関わってしまったことが原因で大変なことになってしまい・・かなり病んでおられたようです。

 

実は妙子も他の劇団から引き抜かれそうになった時に、ヤクザから襲われます。幸いにも未遂に終わりますが、そこには犠牲になってくれたひとつの命がありました。妙子は人生で初めて自分のファンになってくれた人に女優生命を救われるのです。とても残酷な展開ですが、これは現実でも珍しくない話だったとか。悲しさよりも先に恐怖がきてしまいました。

 

後半にかけてバタバタ人が亡くなったり、いなくなったりするので、感情が追いつきません。他の方のレビューにもありますが、ちょっと終わり方は急で、あっさりしています。

 

私ははじめ本書の表紙を見たとき、これはふたりの少女の物語なのかな~と思ったのですが、実際は妙子がメインになっており、ハルの登場シーンはそんなにありません。妙子とハルが一緒に働いていたのもローヤル館にいたわずかな期間だけ。途中で妙子が叔母を亡くし家を失ったときに、ハルの家に住ませてもらったこともありましたが、それもハルが病気になり地方へ療養しに行ったことですぐに離れ離れに。ただラストに再び意外なかたちで共演することになります。このシーンは泣けるので必見。音楽と友情の美しさがそこにあります。

 

スターになるまで様々な試練が訪れる妙子の人生には、いつも「自分の人生を生きろ」というメッセージが込められていました。

 

ラストは関東大震災へ向かっていくのですが、何があっても、たとえ何もなくなっても、私は歌い続ける!!という妙子のおもいは何の障害にも負けないものになっています。

 

 

「もういいから座れ。それから、今後は家で歌や踊りの稽古をするのは禁ずる」おそらく正蔵はそうやって、母からもたくさんのものを奪ってきたのだろう。母だけではない。学業は断念したものの、学者か学校の先生になりたかった清作の意志もそうだし、目の前にいる見合い相手の栄吉も、婿に取ったら役所の仕事は辞めさせると正蔵は言っていた。正蔵に、そんな横暴を許しているのは、豪農の跡取りという、その「生まれ」によるものだけだ。(略)同様に、没落士族であった片桐家から嫁いできた母の八千代の未来を奪ったのも「生まれ」。父に人生を決められようとしている清作や妙子の立場も、「生まれ」だ。芙美叔母は、そんな呪いのような、家柄とか身分、血筋、もっと言うなら「女」という「生まれ」にも抗おうとしていた。P112

 

すべてはここからだった気がします。

 

生まれ、時代、性別、そんなものは関係なく、自分のやりたいこと、自分の人生を生きることを認めてほしい。いや、そうするのだ。

 

そんな妙子の強さが新しい時代を築いていったのでしょう。

 

全体的には朝ドラのよう。可愛らしくて強いヒロインが好きな方はこの本をぜひ。大正ロマンを味わいたい方にもオススメです。

 

 

以上、『浅草蜃気楼オペラ』のレビューでした!