我孫子武丸さんの代表作『殺戮にいたる病』。これは今まで読んだ本の中でも最大級に驚いたラストといっていいかもしれません。今回は文庫新装版の方を読みましたが、旧版と比べてもあとがきが加わったくらいでそんなに違いはないことが判明。しかし、筆者曰く「今や文庫も欲しいときに買っておかないとそのうち手に入らなくなる」そうなので、まだ紙の本が生き残っているうちに名作は買いそろえておくことをオススメします。

 

 
衝撃の結末に備えよ……華麗にして大胆な叙述トリックが生み出した「二度読みミステリ」の最高峰!

犯人は愛を語り、作家は真相を騙る……。犯人は、永遠の愛を得たいと思った――東京の繁華街で次々と猟奇的殺人を重ねるサイコ・キラー。その名は、蒲生稔! くり返される凌辱の果ての惨殺。恐るべき殺人者の行動と魂の軌跡をたどり、とらえようのない時代の悪夢と闇を鮮烈にえぐり出す。そして、読者の心臓を鷲掴みにする、衝撃の結末……叙述トリックミステリの最高到達点!(あらすじより)

 

 

  犯人にめっちゃ驚く!(ネタバレあり)

 

おそらく本書の魅力は「予想外の犯人が最後のページで発覚すること」です。もう名作なので、書いちゃって大丈夫ですよね??

 

この物語の犯人・蒲生稔は、「雅子の息子」ではなく、「夫」なのです!!

 

本書は初回だとこの稔を「雅子の息子」だと思って読んでしまいます。というか、そう勘違いするように仕向けられています。しかし、実際稔は「雅子の夫」というオチなのです。言われてみれば、蒲生家の父親は存在感がなかったし、不自然なほど名前や職業の設定が書かれていなかったなぁと気づくのですが、その時はもう遅いです。最後まで読んじゃってます。

 

  イカれたサイコと親子問題

 

稔は自分でも何の共通点があるのかよくわからない気に入った女性を狙っては殺していきます。殺害方法はすべて絞殺、それも犯行後は両胸と性器をナイフで切り取って持ち帰るという残忍なものでした。なのでグロ度は高め。しかも、彼の犯行の背景には母親に対する異常な執着心があります。

 

稔の母は若くに彼を出産しています。息子から見てもそれはとても美しい母で、自慢の母でもありました。幼い頃はそんな母が大好きだった稔ですが、それもある父親の行動が原因で母に甘えることも、愛すことも不可能になってしまいます。

 

それから・・と言っていいのかわかりませんが、稔は女性を正しく愛すことができなくなり、死んだ女性以外は受け付けなくなってしまいます。

 

  伏線に気づかない

 

本書は再読してはじめて実は伏線だらけだったことに気づくパターンです。私はすっかり騙された人なので、偉そうなことは言えませんが、そんな中でも唯一違和感を抱いたのは、稔がお目当ての女性に自分のことを「大学院生」だと嘘をつくシーンでした。このとき稔は女性に対し「(自分が)きちんと院生らしく映っているだろうか?」と気にしています。ちなみに作中では予め、彼が大学に在籍していることは書かれています。


この時点でまだ私は稔を息子(大学に在籍=大学生)だと思っていたので、なぜわざわざそんな嘘をつくのか疑問でした。しかも院生となんて年の差もないに等しいのに、異常なほど見た目が不自然ではないか気にしていたことも不思議だったのです。それがまさか彼が助教授だったとは!息子ではなかったとは!このトリックは天才かと思いました。

 

他にも雅子が「息子」の部屋を訪れるシーンが何度かあり、私はてっきり稔の部屋をチェックしているものと思っていたのですが、よく考えるとここでも違和感があるのです。(冷静になって読むと、雅子は夫と息子を呼ぶときの言い方が違ったりします)しかしなぜか一度目だと適当にスルーしてしまう自分がいた・・というのは、私だけではなかったはず。この「ほんの少し」の違和感具合が絶妙すぎて完全に騙されてしまうというのが『殺戮にいたる病』の面白さです。

 

  感想

 

おそらく本書を読んだ人なら櫛木理宇さんの『死刑にいたる病』も読んだことがあると思います。『殺戮にいたる病』は色んな作家に影響を与えているのか、他にも『~にいたる病』というタイトルの小説はたくさんあります。

 

また、タイトルこそ違いますが中山七里さんの『嗤う淑女』シリーズに登場するサイコパス・蒲生美智留の名前は、おそらく蒲生稔が由来なのでは?と思います。そう考えると、この作品が世に与えた影響は凄いですよね。全国の蒲生さんは当時肩身が狭かっただろうなぁ。

 

そして、かなりどうでもいいと言われそうですが、残虐性において本書に負けないのが、P・メートル氏の小説になります。

 

こちらはマジで血のにおいがしてきそうなほどグロいので読む際は覚悟を。

 

しかし、我孫子武丸さんはどのようにして蒲生稔を生み出せたのかが気になります。よくこんな文章が思いつくなぁというサイコ感が凄すぎて、ちょっと怖いくらいです。あとがきのテンションとの違いも本当に同一人物が書いた文章なのかというくらい違って、改めて作家の凄さを思い知りました。

 

でもね、我孫子さんといったら、個人的にこっちも凄いと思います。

 

 

精神的にキツイのは、『修羅の家』のほうが上かも・・。皆さんはどうですか?衝撃は『殺戮~』、キツイのは『修羅~』という感じ。久しぶりに読み返したいわ~という勇者は、ぜひ二冊読み比べてみてください。以前読んだ時の感想とちょっと違う自分がいるかもしれません。

 

内容こそグロですが、これほど騙された~!!という作品にはなかなか出合えないので、そういった意味でも本書は名作。いつかまたそんな作品を読んでみたいです。