今回は大どんでん返し系の小説をご紹介します。

 

父親が死んでくれるまであと一時間半

 

こんなおそろしい書き出しで始まるのが、今からレビューする下村敦史さんの『絶声』です。

 

巨大な遺産を有する父親の「失踪宣告」を待つ三兄弟。しかし次男の正好だけは後妻の子で、長男・長女とは異母兄弟という設定です。

 

物語は、すい臓がんの父親が失踪してから、あともう一時間半で七年が経過しようとしている場面から始まります。法律上、連絡が途絶えてから七年経過した場合、行方不明者を死亡したとみなし、相続などの手続きを進められる「失踪宣告」制度。彼らはその瞬間をいまか、いまかと待ち構えています。

 

狙いはもちろん、莫大なお金。三等分してもひとり三億は貰える計算です。

 

しかし、あと十分で七年が経つというタイミングで、「私はまだ生きている」と、突然父親のブログが更新されます。父親はとっくに死んでいるはずなのに、なぜ?!このままでは失踪宣告もできなくなってしまうではないか!

 

待ちに待った遺産が手に入らないことに焦った三人は、互いの私利私欲をむき出しにし、醜い言い争いをします。

 

その後もブログは定期的に更新されますが、なんとそこには欲にまみれた子供たちに対する激しい憎悪が書かれていたのです。

 

特に散々父親からお金を吸い取った長男と長女への不満は酷いもので、ふたりが遺産目当てなこともバレバレ。一方、後妻の子である正好のことは気にかけているようで・・・。

 

というのも、正好の母親は父親から不倫を疑われ、離婚させられていたのです。別れた後、怒り狂った父親は正好のことも「自分の子供ではないかもしれない」と追い出し、一文無しになった母子はずっと貧しい生活を送ってきました。

 

しかし、これはすべて長女が仕組んだ罠。遺産を異母兄弟と継母に渡したくなかった長女が彼らを家から追い出すための壮大な罠だったのです。

 

そんなことも知らない父親は正好たちを追い出し、なぜ急に家を追い出されたのかわからず苦労して育った正好は父親を恨むという結果に(のちに父親は真実を知ります)。せめて遺産だけはきっちりもらおうと思った正好でしたが、そこでも長男・長女と遺産の取り分で揉めてしまいます。

 

この長男・長女がとてもやっかいで・・。どちらも金遣いが荒いの対し、金を稼ぐ能はまったくないため、借金をつくる度に父親にたかっていたような屑なのです。そのくせ遺産をひとり占めしようと企んでおり、父親の介護は使用人に任せ、自分たちは死を願うだけなのですからどうしようもありません。

 

ただ、このふたりがこうなってしまった責任は父親にもあります。子供の前で金の力を見せつけ、何もかも金で解決し、マウントをとってきたこのモンスターの周りには歪んだ人間しか残っていないのです。

 

思えば、財を成してからの人生、他人に対して遠慮や気遣いなど、一度もしたことがない。周りには私の人脈と金を目当てに群がってくる者ばかり。類は友を呼ぶ、と言えばそのとおりかもしれないが、心から信じられる者は一人もいなかった。P79

 

憎まれたまま死を迎える人生とは、果たして意味があったのか。健康で生命力にあふれていたころの私は、他人から嫉妬され、憎まれることこそ、成功の証であると考えていた。実際、富と権力と知名度を得るに従い、私に敵意を向ける者も増えた。単なるやっかみもあれば、私に蹴落とされた恨みもあった。私はどうすれば償えるのだろう。どんなときでも金銭で解決してきた私は、他に方法を知らない。P152-153

 

この遺産相続騒動には、三兄弟の他に数人が参戦してきてぐちゃぐちゃになっていきます。

 

そのなかでひとつだけわかっているのは、父親が遺言を本棚に隠しているという事実だけ。これは本人がブログに綴っているので間違いないのですが、誰も見つけることができません。

 

遺言の中身を見れば”自分”が遺産をひとり占めできると知れるのですが、そんなことを知らない三人は悪あがきをし―

 

最後はあーあという結果にはなりますが、逆にそうなったことで大事なことを見失わずに済んだというハッピーエンドになります。

 

 

さて、死んだはずの父親はいったいどうやってブログを更新しているのでしょうか。文章を書いたのは確かに父親なのです。実はこのブログにとんでもない真実が隠されており、その仕組みを知った瞬間どんでん返しの衝撃が起こります。そしてもう一度、正式な順番でブログを読み直したくなるはずです。


 

それにしても、周りからお金を持っていることしか価値を感じられないと思われる人間になるのも気の毒ですね。ハイエナみたいな人間に囲まれて終わる人生。お金で何でも動かしてきた分、自分自身は無力になってしまうのでしょう。お金がないのも、お金があるのも、それに狂わされたら不幸ですね。

 

興味のある方は本書を読んでみてください。

 

 

以上、『絶声』のレビューでした!

 

 

 

 

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