みなさんは、ネットで自分の名前を検索したことはありますか?その時どんな人がヒットしましたか?有名人?研究者?それとも犯罪者?
私の名前は珍しくはありませんが、かといって、ありふれているわけでもないので、今のところ同姓同名による深刻な被害はありません。しかし、もし自分と同じ名前の人が、良い意味でも悪い意味でも目立つ人だった場合を想像すると、なんとなく嫌な予感がしませんか?特にそれが日本中を震撼させた殺人犯と同じ名前なんて状況だったら・・・
今からご紹介するのは、登場人物全員が同姓同名という物語です。
六歳女児が二十八カ所もナイフでめった刺しにされた事件。それも首と頭部がかろうじで繋がっていたというあまりにも惨い犯行。そんな凶悪犯と同姓同名であるために、深刻な被害を受けた複数人の男たち。
犯人の名は、大山正紀。彼は16歳だったことから少年法に守られその名を隠されていました。しかし、”少年A”を許せない世間から本名を暴かれたことをきっかけに、多くの大山正紀が誹謗中傷の被害に遭ってしまいます。
実は少年Aの名前が暴かれた際、顔写真の流失だけは免れたのですが、それがかえって犯人特定をあやふやにさせてしまったのです。世間が知っているのは、少年Aの名前と年齢だけ。事件当初もネットの特定班から無実の大山正紀が叩かれ、自宅や父親の勤務先にまで被害が及んでしまうという結果になりました。
困ったのは、それだけではありません。本物の犯人が捕まっているというのに、無実の大山正紀たちは同姓同名という理由だけで、いじめに遭ったり、からかわれたりする日々が続いていました。さらに、少年Aが出所してからは、あいつがあの大山正紀ではないか?と世間から疑われ、身の危険を感じながら生活する羽目になり・・
犯人に名前と人生を奪われた彼らは、「”大山正紀”同姓同名被害者の会」を集い、本物の犯人を探し出そうとします。
感想
これから『同姓同名』を読む皆さんへ。
繰り返しになりますが、女児惨殺事件の犯人は少年Aです。ネット社会の制裁で本名こそバレてしまいましたが、それ以外の情報は読者にもわかりません。なので、私たちは最後まで少年Aの正体がわからず、被害者の会のメンバーと一緒に犯人探しをすることになります。以下は、そこをふまえての感想になります。
本書には、「大山正紀」のせいでサッカー推薦の枠から外された大山正紀、採用された会社から内定取り消しをされた大山正紀、酷いいじめに遭っている大山正紀、他にも多くの大山正紀が登場してきて大忙しです。
確かに彼らは世間から理不尽な扱いを受けていて気の毒ではありますが、途中からどうも身に起きたすべてのことを大山正紀のせいにしているところが見えてきて、どんどん違和感が芽生えてきます。いつのまにか被害者でいた方が都合が良いし、「大山正紀」を叩くことで自分が正しくいられるような錯覚を起こしていくんですね。
本書から学べるのは、そんな人間の自己中心さ。
世間は「大山正紀」を叩き、その世間から同姓同名の被害を受けた大山正紀もまた、自分たちを守るためならどんな悪事にも正当性を主張し、罪を重ねていきます。
発言や趣味や不倫で炎上して、大勢から責められた人間が、結果的に自殺していないだけにすぎないんですよ。批判する正当性が自分にあると思い込んで責めている相手が生きていてくれているから―自殺しないでいてくれているから、”人殺しの罪”を背負わなくて済んでいるだけなんですP358
最終的には誰が加害者で被害者なのか、わけがわからないほどの事態になっていきます。いや、全員が自分のことを被害者だと思っているし、相手を叩くためにも被害者であらねばなぬ心境になっていったのでしょう。しかし、本書はそこからさらに闇を投入してきます。
同姓同名の大山正紀たちは、本当の「大山正紀」を探すにあたって、何度も無実の大山正紀に迷惑をかけてしまうのですが、そこで筆者は読者にあるトリックをしかけています。そう、私たちは最後まで本当の「大山正紀」を知らされず、いや、勘違いさせられながら、物語を読むことになるのです。
その理由もズバリ同姓同名のせい。本物の「大山正紀」も、自身が社会で許されない存在になっていることを自覚し、他の大山正紀になりすまさないと生きていけないと思っています。読者も無意識に同姓同名の罠にハマり、大山正紀という名前に偏見を持ってしまうことになります。
おそらく犯人を当てるには最高難度の作品ですね。個人的には同姓同名だらけでわけがわからなくなる瞬間が多々ありましたが、これは誰の語りなんだ?!というところに要注意していれば真相がわかるかもしれません。実際はトリックにハメられるというよりは、登場人物のプロフィールを把握できずに謎が解けないといった感じなので、そこをクリアできれば何とかなるかも?まずはずべての偏見を取っ払ってください。
まとめとしては、いくら同姓同名でもひとりひとりは違う人間。最終的には、自分の名前を取り戻そうとポジティブに思ってくれた大山正紀もいてホッとしました。確かに各々が努力すれば、大山正紀という名前の印象もポジティブなものに変わるかもしれません。
しかし、この同姓同名騒動は、許すことが許されない時代だからこそ起きたとも言えます。「大山正紀」のままでは社会復帰できないと思った犯人が、勝手に周囲が勘違いしてくれた同姓同名の相手に罪をなすりつけようとした、そんな物語なのです。
本書を読むと、いつか自分と同じ名前の誰かが殺人犯になった時、大山正紀たちと同じ目に遭うのではないかと思ってしまいます。噂って恐ろしい。ひとりが勘違いすれば、それはすぐに拡散され、あっという間に事実になってしまう。それだけ社会には不満を抱え、他者を使って自身を正当化したい人間で溢れているのです。
以上、『同姓同名』のレビューでした!
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