こちらは辻村深月さんの「詐欺」をめぐる3つの物語を描いた一冊になります。

 

騙す側、騙される側、それぞれの心理がリアルに描かれており、あっという間に読み終えてしまうので、読書が苦手な方にもオススメです!

 

 

 

  2020年のロマンス詐欺

 

トップバッターは騙す側、騙される側の両方を経験した大学生の物語になります。

 

耀太は大学進学のため山形から上京しましたが、引っ越してすぐに緊急事態宣言が発令されてしまいます。入学式も延期され、楽しみにしていたキャンパスライフはお預け状態が確定、それどころか生活費の足しにするために必要だったバイトすら始められません。さらに実家で定食屋を営む両親からは今月の売り上げが悪く、仕送りが半分になると連絡が来ます。

 

そんな耀太のもとに地元の友人「甲斐人」から「メールでできる簡単なバイト」を紹介され、半ば強引に働かされることになります。しかし、その内容は、メール相手を騙してお金を巻き上げる「ロマンス詐欺」だったのです。

 

詐欺と気づいたときには、既に甲斐人から自身の個人情報まで握られていることに気づいた耀太。辞めたいと思っても、逃げられない状況になっていることに焦り出します。向こうからは早くノルマを達成するように迫られ、正常な判断ができなくなった耀太は「未希子」という主婦を相手に疑似恋愛的なやり取りをするようになります。はじめは未希子を騙しているつもりの耀太でしたが、親密になるうちに逆に彼女に癒されてしまい―

 

ある日、未希子から「夫からDVを受けている。助けて。殺される」とメッセージを受けた耀太は、慌てて彼女の自宅へ向かいます。到着した耀太は、夫らしき人物を見つけると襲いかかり・・・・。

 

結局、騙されていたのは耀太の方だったという結末になるのですが、メールだけのやり取りで相手の言っていることを真に受けてしまうのは危険ですよね。メールだけのやり取りだからこそ、どんな嘘もつけるのに。嘘ってついている本人は完璧だと思っていても、案外相手からはバレバレだったりするもの。皆さんも気をつけましょう。

 

 

 

  五年目の受験詐欺

 

風間多佳子は次男の大貴が中学受験をする際に、こっそり裏口入学をしていました。もちろん夫や息子には内緒で、です。当時、教育コンサルタントの「まさこ」が相談に乗ってくれる「まさこ塾」に通っていた多佳子は、100万円で受けられる「特別紹介の事前受験」というものを勧められ、受けていました。このとき「あくまでも受験前に適性があるか見極めるための顔合わせなので、落ちた場合は全額返金します」と言われていた多佳子は、まさこが詐欺師であることを疑ってもいませんでした。

 

結果、大貴は無事に第一志望校へ合格するのですが、多佳子はこれを息子の努力ではなく、お金の力で得たものだと罪悪感を抱きながら生きることになります。時は流れ五年後、まさこ塾に通っていた親から「あの紹介は詐欺だったんです。私たち騙されてたんですよ」と連絡をもらった多佳子は衝撃の事実を知ることになります。

 

実はまさこには裏口入学をさせられるような人脈はなく、「特別紹介の事前受験」自体が自作自演の嘘っぱちだったのです。親たちが顔合わせで会っていた人物も学校関係者ではなく、まさこの夫で、つまり合格者は単に実力で合格していたのです。100万円は裏金でも何でもなく、ただ騙し取るためのお金だった―そこで塾を訴えようと被害者たちが立ち上がっているので、多佳子も協力してくれないか?そう誘われた多佳子は、息子が自力で合格していたことに困惑し、何て愚かなことをしてしまったのだろうと後悔します。

 

あの時なぜ大貴を信じてあげられなかったのだろう?今までどうして信じていなかったんだろう?こんなことを大貴に知られたら悲しませてしまう。

 

この物語は大貴のやさしさに救われる内容になっています。優秀な兄を持つ大貴は昔から自分のことを「オマケ」だと思い生きてきました。ありのままでは愛されない自分は、せめて親に迷惑をかけないようにしようと顔色をうかがってきた結果、とんでもない洞察力と優しさを持った子へと成長していたのでした。

 

 

 

  あの人のサロン詐欺

 

紡は漫画原作者・谷嵜レオになりすまして「谷嵜レオ創作オンラインサロン オフ会」を主宰しています。簡単にいうと、詐欺で稼いでいるということです。もともと谷嵜レオの大ファンだった紡は、SNSに漫画の感想を書いていたところ、複数人から「もしかして谷嵜先生本人ですか?」と言われるようになったことがきっかけで、本人になりすますことを思いつきます。谷嵜レオは顔出ししていないことから、DMのみでやり取りした安全なファンを厳選し、知る人ぞ知るサロンを開催することになったのです。

 

何度か会を開いた紡は、すっかり油断し、今では谷嵜に憧れるクリエイター向けに創作講座をしています。いつしか紡は自身を谷嵜レオだと思い込むようになり、家族に対しても「自分は谷嵜レオである」と嘘をつくようになります。

 

思えば紡は学生時代から嘘つきでした。それも堂々とした。当時から谷嵜レオに執着していた紡は、友人たちに谷嵜と交流があることをチラつかせ優越感を得ていました。しかし実際の自分にはそのような有名人との交流はなく、谷嵜のようになりたいと目指していたシナリオライターの方でも才能がなく、現実は暗いものでした。

 

紡はこんなはずじゃなかった現実を目の当たりにするたびに、虚像の自分をつくっていくようになります。私が書きたいことは谷嵜レオと同じことなのに、私はいつもそれを言葉にできない―でも言いたいことは同じなのだから私には谷嵜レオと同じ才能があるー私は谷嵜レオだ―

 

しかし、そんななりすまし生活は、本物の谷嵜レオの逮捕によってあっけなく終了させられてしまい・・・。

 

紡の虚言癖だけを見ると、なんて自己中で狂っているヤツだ!と思ってしまうかもしれませんが、彼女がこうなった経緯を知ると同情できる部分があります。

 

 

 

  感想

 

他人から見たら、「なぜこんなに恵まれている人が詐欺なんてするのだろう?」と思ってしまうのが第一話の『2020年のロマンス詐欺』でした。耀太の地元から上京したのは耀太ひとりだけ。東京の大学にやり、仕送りをしながら一人暮らしをさせられるだけの余裕と理解がある親は少ない環境だったようです。おそらく甲斐人はそんな耀太だからこそ「騙してやろう」と思ったし、もし耀太に何かあったとしても彼の親がどうにかしてくれるだろうと安心していたのかもしれません。

 

しかし、恵まれている=問題のない家ではないんですよね。恵まれているからこそ、それを自覚しているからこそ、やりきれない窮屈さも世の中にはたくさんあるということを辻村さんは描いています。恵まれているからこそ甘えてはいけないと「隠してしまう」ことも、もしかするとプライドがあって言えないこともたくさんあるのでしょう。

 

 

第三話の『あの人のサロン詐欺』は、親から趣味を否定されて生きてきた紡の内面がどんどん黒く侵されていく物語でした。アニメやゲーム好きなことを馬鹿にされ、なんとか説得して専門学校に入ったものの、就職では希望する会社に採用されず、結局学んだこととは無関係の事務職に就くことになった紡。しかしそこでは再び趣味を理解してもらえない環境に身を置くことになり、気味の悪いオタクはパワハラやいじめの対象にされ・・

 

結局仕事を辞めた紡は、その後バイトを転々とする生活を送るようになるのですが、それを母親は嫌がり、専門学校に行った過去を全否定します。「紡の名の由来は、子孫を紡いでいけるようにという願いを込めて名付けたのに・・」そんな言葉を吐いて娘をさらに追い詰めます。

 

今、SNSを見ると結構いい年をした大人から中高生まで色んな人が「なりすましアカウント」や「嘘の情報を流すアカウント」をしています。そこではまるで自分が有名人と交流があったり、その関係者と知り合いで裏情報を得ていると「嘘」をつくことで、フォロワーを増やしたり、情報と引き換えにお金を取ったりしています。

 

これは紡の最終形態と同じ構造なのだと思います。現実の自分と理想の自分。そのストレスを簡単に満たしてくれるネットの世界。あまり健全な環境ではない今、『嘘つきジェンガ』のような物語があちこちで生まれているのだと思います。

 

ただ一つだけ言えるのは、バレた時は嘘をつく前より苦しくなるし、虚しくなるということ。

 

嘘をつくより、正直になった方が楽だということ。

 

何かにすがりつくのは、常に不安定で、かえって安心できない。

 

そう思うとこの小説のタイトルがとてもしっくりきました。

 

人間嘘をつきたくなる時もあると思いますが、そんな時はグッとこらえて、伝え方を変えてみる努力が必要ですね。正直になるには勇気がいるけれど、正直に言えた自分のことは、嘘をついた自分よりも好きになれると思います。

 

くれぐれも彼らのようにはならないようにお互い気をつけましょう。

 

以上、『嘘つきジェンガ』のレビューでした!


 

 

 

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