昨日の夜、上の子からLINEがありました
なにかというと父の日のプレゼントに
私の大好きな「ゆるキャン△」のスタンプでした(^O^)/
もちろんわたしは一番好きな”リンちゃん”を選んだのですが
はじめどこに落ちたのか分からなくて、実際に使えたのは今日でした(^O^;)
上の子はこういうのはこまめにしてくれて
お誕生日なんかも、その日の”00:00”に「お誕生日おめでとう」LINEうを送ってくれたり
たまにはプレゼントも贈ってくれたりします
まあ下の子は、ほんと~うに気が向いた時に
「お誕生日おめでとう」LINEを、思い出したようにお昼ごろに送ってきますが(^O^;)
基本的にはわたしの「こども」というものに対する姿勢だったり
こういう親を持った子供の思いを書きました
今回はもう少し”わたしのこども達”へのかかわりを書きたいと思っています
わたし達家族?が暮らした隣の家には
それに上の子が小学二年生の時にいろいろあってつらかった時に送ったお便りが
今でも貼ってあります
今はどうかは分かりませんが
こども達も時々は読んでくれていていましたが
自分の名前の由来と言うか、親の思いを感じてもらえたのかな(^O^;)
そしてもう一つ、先日の「尾瀬ヶ原~尾瀬沼縦走」のあたりが最後になるのですが
お母さんの思いもあって、廊下の壁に旅先での写真が貼ってあります
同じ処に二度三度と行っていることもあるので
そんな時は、時の流れも分かっていいのですが
こども達も自分の小さい時の写真を見つけては
その時の状況をいろいろと聞いてきていました
上の写真にある「小学二年の娘」に送ったお便りにもありますが
(わたしはこんなだから)
こども達には、”男だから”とか”女だから”や、”お姉ちゃんだから”とは
意識もして、決して言いませんでした
こども達が何かをしても
二人一緒に叱りはしましたが、”お姉ちゃんだから”と言って
上の子だけを叱るようなことはしませんでした
そうは言っても、上の子は上の子
年が上の分、下の子より私の言うことが分かるのですよね
結局はより(上の子自身での感覚として)強く叱られている・・・
その後でのサポート
どうするか、いつも悩んでいました
そして下の子は、言葉の重みを大事にする分
言葉を字義通りに捉えるところがあるので
自分が知っているから相手も分かっているではなく
都度すべての情報を伝え、何を求めているのかを細かく伝えるのです
わたしも、どちらかというと「言霊」を信じるというか
言葉に想いを乗せる、というか思いを託す、ということがあるので
言葉自体は私も大事にしたい
今発せられた言葉にはどういう思いが乗っているのか?
ただ私の場合は、言葉には辞書にある意味しかないのではなく
今この人は(世の基準で正しいかどうかは関係なく)どういう意味で
この言葉を使ったのか?ということは常に考えています
ここのあたりが、上の子と下の子の違いなのですよね!
それに対して上の子は(言葉自体への思いはそれほどではなく)行間を読む
発せられている言葉自体よりもその背景を考えて
相手の意図を汲む
もちろんこのことは常に100%あっているわけでもないのですが
(そのことは気を付けていくとして)
これでの会話は非常に早くスムーズなのです
上の子とわたしのコミュニケーションは、この形なので
「お父さんととの話はらくでいい」とよく言ってましたし
数は少ないのですが
高校でお世話になった先生ともこうしたコミュニケーションをしていたようです(^O^;)
お母さんは、その時の気分で言葉を使うので
下の子からは「言葉の重みを大事にしない」と言われてしまうし
上の子がお母さんとお話する時には、一から十までお話しないと伝わらないので
嫌気がさして話するのを、どちらもやめてしまうのです
そんな子供たちとお母さんとの橋渡し
本来の感覚とは少し違うかもしれませんが
まさに”子は鎹(かすがい)”
多分わたし達にこの子たちが居なかったら
わたしが「勝手にRLE」として家を出て
その後離婚した段階で
わたしが家を出る時に想定した最悪のケースの
”そのまま交流なし”になっていたのかな
その意味でもこども達には感謝ですね<m(__)m>
わたしはいつでも境界人、二つの領域の橋渡し
お母さんとこども達
ブルーカラー(現場)とホワイトカラー(後方管理)
SWとHW
文系と理系
戦前と戦後
そして男と女