たまに、街ですれ違う若い女の子のスカートが短すぎて「中が見えないかな?」とちょっと心配になることがあります。
こういう小さな心配もありますが、人間関係で問題を起こす心配も…。
心配している理由の影に「自分の問題」が隠れているとき、相手のことを思ってしたはずなのに、かえって相手の負担になってしまいます。
だいぶ昔の話ですが、私の娘はスローペースな子で、小学生時代に朝の身支度が遅くて、遅刻しそうになることがよくありました。
娘を見ていると、ご飯を食べる、着替える…そういう行動の一つ一つがのんびりで、途中で気持ちがそれているんです。
「集中してさっさと準備して、それからゆっくりすればいいのに」とイライラする私…。
こういうとき、「子どもが遅刻して心配(困る)なのは誰?」と自分に聞いてみます。
私でした(笑)
・娘が登校時間に間に合うように、早めに準備していたら、私の気持ちは安定する
・娘が遅刻しそうだったら、私はソワソワする。
つまり、娘がちゃんと準備していれば私は不安にならないということ。
娘を心配していたはすなのに、本当は「私を不安にさせているのは娘だ」と思って、コントロールしようとしていたのです。
娘が決まった時間に間に合うように行動することができないのは、娘に問題があるように見えるかもしれませんが、遅刻して困るのも怒られるのも娘です。
遅刻の問題を子どもに任せると、時間を管理する力をそだてたり、自己責任を学ぶことができます。
遅刻しても娘の責任だと割り切るようにしたら、私も楽になって、娘も自分で考えるようになり、言い争わなくなりました。
私の心配が娘との間に不和を起こしていたんです。
そもそも、なぜ子どもの遅刻が気になるかというと、親の内面に不安や恐怖などがあるから。
心の奥にしまい込んだ思いが、見つけてほしくて表面に出てきて、教えてくれているのです。
私の場合は実母に対して不満を持っていたので、「娘にとって良い母親にならなければ」という想いが心配に繋がっていました。
でも子どもは「いいお母さん」なんて望んでないんですよね。
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