前に受け身から主体的に生きるようにシフトチェンジしてると書きました↓
受け身についてはめどがついたので、最近は回避系の問題を片付けています。
中でも大きいのが、孤独を愛するというところ。
孤独を寂しいと感じる方は多いと思いますが、
でも私は孤独でも寂しさはあまりなくて、たまにちょっと寂しいと感じる程度。
人と深く関わってめんどくさいことになるより、一人でいたほうがラク。
私にとって孤独な状態のほうが安心・安全で、誰にも脅かされない基地みたいなものだったんですね。
だから、何かに恐れや不安を感じたりすると、安全基地にこもるのです。それが回避行動。
そういうときに人と話したりすると、普段よりもちょっと距離をおいた感じになります。
この孤独の安全基地、自分の感覚としては、安全なところからでたくないし、そのままでいい感じ…。
でも「変えたくない」「孤独のままで問題ない」と感じるのはエゴなんですね。
エゴは自分の存在を消されたくないので、邪魔してきます。
別に孤独を愛しててもいいのですが、
「本当は寂しいけど、諦めて孤独を愛するようになった」のなら、根底にある問題は抱えたままですよね。
自分の感覚を信じるのは大事ですが、エゴを信じてしまうと先には進めないし、思わぬ落とし穴にハマります。
この孤独があることで、拒絶と遮断がおきます。
深い部分まで人に心を許さないので、ある程度以上の距離まで近づくと、相手を拒絶したり距離をおきます。
人と普通に話すことはできるのです。
でもなんとなく自分の中で距離をとってる部分があったのですが、最近はそれが薄くなりました。
それと、朝起きた時に少し漠然とした不安を感じていたのがなくなりました。
だいぶ自分の問題の核心に近づいてきたと思います。
ちょっと面白いのが、回避性愛着障害のテストをやってみた結果です。
(あくまでもテストなので目安ですが)私はもともと回避型でした。それが「回避ー安定型」に変化しました。
回避型
愛着回避が強く、親密な関係になりにくいタイプ
回避ー安定型
愛着回避が強いが、ある程度適応力があるタイプ
