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私が子どもの頃に別れたままになっている父を、戸籍謄本から探してみました。

自分と同じ籍に入っていない人の戸籍謄本は、基本的には取れません。

ですが、戸籍謄本にはその人の親の名前が書かれているので、親子の繋がりが確認できます。

 

祖父母、父母、子、孫など、直系なら戸籍謄本を取ることができます。


戸籍謄本に現住所は書かれていませんが、戸籍謄本の附票には住民票の住所が記載されています。現在の本籍地の附票をとれば住民票の住所はわかります。

戸籍謄本には、以前の本籍地(又は出生)除籍した場合も次の転籍地(又は死亡)が必ず記入されていますので、生まれてから死亡するまで繋がっています。途絶えることはありません。


祖父と祖母が亡くなった時に知ったのですが、相続が発生した場合は亡くなった人が本籍をおいた場所、全ての戸籍謄本が必要になります。

もしも引越しの度に本籍地を変えている場合、その分 手間と時間がかかることになりますので本籍地はあまり動かさないほうが良いです。



父が離婚後も本籍地を変えていなかったため、現住所を探すのは比較的簡単でした。


 

請求方法は、紙に必要事項を記入し、定額小為替と切手を貼った返信用封筒と身分証明書のコピーを同封して本籍地の役所の戸籍住民課に郵送します。


もしも、本籍地が変わっている場合は、次の本籍地の戸籍謄本をとり、現在の本籍地に当たるまでそれを繰り返します。

私の場合は夫の戸籍に入って苗字か変わってしまったので、自分の戸籍抄本と身分証明書のコピーを同封しました。(役所の方が、私の抄本をつけた方が確実だと仰っていたので。)

ちなみに、戸籍謄本は在籍している人全ての記載。戸籍抄本は1人づつの記載です。




父の本籍地から送られてきた、戸籍謄本の附票に記録された最新の現住所は介護施設になっていました。

施設に電話して確認をとったところ、父が脳梗塞から認知症になり、現在は介護施設にお世話になっているとのことです。

もしかしたら病気しているかもしれないとは考えていましたが、年齢的にも認知症は想定していませんでした。



そして先日、介護施設に行って、父と再会してきました。
30年以上 逢っていなかったので、父も戸惑いがあったようで…認知症なので尚更です。

なにしろ小学生がアラフォーになってますから、見た目からして全然違いますよね(笑)



会話中に思い出せなかったり、わからないというような表情をすることが何度もありましたが、自分の子どもだということは最初から最後まで分かっていたようです。

途中で、父の記憶の中の子どもの頃の私と今の私が繋がったのかな?という場面もあり、「桜か」と呼ばれました。

今のところ父の人格は保たれているようで、昔と同じで穏やかで優しい人でした。素朴で正直な感じだとも思いました。


父はいつも子どもと目線を合わせて話し、話をちゃんと聞いてくれる人でした。

私が「お花が綺麗だね」と言えば「 そうだね。綺麗だね。」と答え、自信作を見せに行くと褒めてくれました 。


私にとってはわかってくれる。これだけでよかったのです。

祖父母も母も愛情を持ってくれていたことは今ならわかりますが、わかってくれると思えた人は父だけでした。だから父のことが大好きでした。

また、そのお陰で 娘にはお母さんはわかってくれる。と思って貰えるように、ずっと意識し続けて育ててきました。





父と再会して早い段階で、「会話が難しい」と気づきました。

 

「認知症をもっと勉強してから来れば良かった」という考えがよぎりましたが「まず父の観察だ」と思い直し、観察しつつ笑顔でなるべくポジティブな話ができるように心がけました。


家に帰ってからも考えて、施設の方にも相談して、ようやく対応の方向性が少し掴めました。とにかく観察と工夫ですね。森田先生のトレーニングを受けていて良かったと思いました。


会話中、コンプリメントは父がかけてくれました。 私はお返ししただけだったので、次回はもっと父にかけたいと思います。



年月と共に父の顔は少し変わっていましたが面影は残っていました。

座っている父の側に屈んで会話をした時、私が子どもの頃に父の膝の上に乗って見上げた時と同じような顔の角度でした。

その時の表情や顔つきが、私の記憶と同じだったので安心しました。



今回 認知症のことを調べてみて、認知症にいくつもの種類があるということを始めて知りました。

最も多いのはアルツハイマー型認知症。

その次に多いのが脳血管性認知症。脳の血管障害から認知症になります。父はこのタイプです。


アルツハイマー型はゆっくりとなだらかに進むことが多いようですが、脳血管性認知症はまだらに症状がでながら、階段のように段階的に進んでいくようです。


父の場合は脳梗塞の再発の危険が少ないので、ゆっくり進むのではないかということでした。




もっと早くに父を探して逢っておけば良かったと思います。

私が10代後半のときに、たぶん父が逢いに来てくれたことがあります。


似てるとは思ったのですが、バイト中だったし突然でびっくりしたことと、その時点で10年くらい逢ってなかったので本当に父なのか自信がなかったこと。


既に私は離人症とPTSDでしたから会話ができるかも不安でした。

迷ってはいたようですか、結局 父は名乗らなかったし、私も父かどうか確認しませんでした。

その後もこちらから父を探すか迷いました。


父が大好きだったからこそ、自分が病気なのを知られたくないという気持ち。

(実際には再婚していませんでしたが)父が再婚して子どももいるという噂を聞いたので、それを目の当たりにしたくないという気持ち。

父が幸せならそれでいいかなという気持ち。

長い時間が経ったし、今更かなという気持ち。

もう逢わなくてもいいのではないかと考えたり、あの時 父を返してしまった後悔…。
色々ありました。

不思議と自分が捨てられたとは考えなかったですね。なにか事情があったのだろうとは思っていました。今となっては真相は藪の中…です。

でも今になってみると、 我ながらつまらない事にこだわっていたなと思います。逢いたい人がいる時は早めに逢った方が良いですね。


何故今回探したのかというと…年齢です。私もアラフォーですし、父もあと数年で70歳。


このまま死ぬまで逢わないままでいいのかと思ったことと、私の性格(特性?)の中で恐らく父が伸ばした部分に気づいたからです。


もし父が、私が自分の子どもだということもわからなくらなったり、感情のコントロールが出来なくなる時がきたらもう逢いに行けないかも。


親子で過ごした時間が少ないだけに、耐えられる気がしないです。


父と逢った事で得られたものもたくさんありました。これは私の大事な思い出なので内緒です。

 

↓2018年、父が入院して寝たきりになりました。

父が3度目の脳梗塞で入院しました。


↓2021年4月追記

父が亡くなりました