センテンスサワー -41ページ目

センテンスサワー

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いまさらだけど、グーグルってチョー便利。

検索機能にはじまり、Gmail、ドキュメント、翻訳機能、そしてChromeという最強のプラウザもある。

昨今、個人情報だだ漏れだとか、プライバシーの侵害だとか、罵詈雑言を浴びせられているけど、その前にもっともっと評価してあげるべきだと思う。

10の100乗であるグーゴルという言葉が、グーグルの由来だと聞いたことがある。

これだけ大風呂敷を広げているのに、名前負けせず、さらに広がっていくのはすごいの一言。


で、今回とりあげたのは、グーグル・パブリックデータというもの。

とりあえず、下記のURLをのぞいてみてほしい。

そしていろいろ弄ってみてほしい。

Google Public Data Explorer

指標やデータをグラフ化し、直感的に操作できて、便利すぎる。

ちょっとした調べ物をするときにちょうどいい。

数字を羅列した表だと、頭の中で整理しないとわかりづらいし、そんなぼくにピッタリですww


まだまだ、こんな便利なツールがあるかもだから、いろいろ探してみるかもだよ、以上。



理系の子の発想は見事だなあ、と思うことがしばしばある。

数年前にバイトしていた時、理系の女の子に夢を尋ねたことがある。

その子はうーんと悩んだ後、「あたしの名前が単位になること」と答えた。

すぐに理解できず、ぼくは首をひねると、すかさずその子はいくつか例をあげ説明してくれた。

その子いわく、ボルトやニュートンそしてパスカルなど、科学で用いられる単位は科学者の名前にちなんで名付けられているらしいのだ。

なんともおこがましい話だが、その子も同じように自分の名前を単位にしたい、とのこと。

自分の名前が単位になるなんて夢にも思わないが、理系の子にとってそれはただの目標のようなものなのだろう。


その子の名前が特定されると困るので書かないけど、その子の名前は昭和臭い名前である。

それが単位になると思うと笑けてくるww

例えば、名前が権兵衛だと、1権兵衛、2権兵衛、3権兵衛のようにカウントされていく。

それが何を表すのかはさておき、すごく違和感がある。

日本の名前って、こんなとき不便である。

グローバルに適していないと改めて感じるねww


てか、てか、人の名前が付けられているのは単位だけではない。

新しく見つけた星や、新たな新種の生物や植物にも、発見者の名前が付けられている。

また、ある劇の演じた役名もある物の名前になっている。

それは今回のテーマはである「パンタロン」である。

実際の役名はパンタローネだが、その役の中で履いていたズボンが特徴的で、そのズボンのことをパンタロンと呼ぶようになったのだ。

ちなみに、パンタロンの短縮形はパンツであり、パンティーの語源でもある。

またまたちなみに、パンタローネの語源は、ギリシャ語のパンタ(すべて)とライオンを組み合わせて生まれたもので、並外れて勇敢なという意味である。

今さらだけど、本当に言葉って複雑でおもしろい。

本来の意味とはかけ離れたところで、機能していたりするのである。

意味が無いようで意味があり、語源は本当に奥が深い。



最後に、サンドイッチについて、ちょっとだけ書こうと思う。

サンドイッチの語源はみなさんご存知の通り、サンドイッチ伯爵の名にちなんで名付けられている。

説はいろいろありますが、伯爵がトランプをしているときに、気軽に食事ができるようにパンに肉をはさんで食べていたというものや、どこかの国でこれいいねえと賞賛し、サンドイッチと名付けたなど。

とてもとても有名な話であり、ときどきテレビなどで取り上げられている。

で、そんなサンドイッチ伯爵はある島に行き、その島を絶賛したそうだ。

そしてその島にサンドイッチ諸島と名付けたそうだ。

なんとその島とはハワイである。

もし、そのままサンドイッチ諸島ならば、世の中どうなっていただろう。

ハワイアンジュースはなく、代わりにサンドイッチンジュースになっていただろう。

ワイハーと言わず、イッチサンドーと呼ばれていただろう。

芸能人は正月ハワイに行くのが恒例でありステータスだけど、サンドイッチ諸島ならばどうだろうねえww

まあ、これ以上書いてもあれだから、これくらいにしよう。

以上。
「本日、快晴なり」と言いたいとこだけど、あいにくの曇り。

運が良ければ日食が見られるかもしれないと、少しばかり期待していた。

香川では日食のピークが七時半頃ということで、その時間に合わせて家を出た。

空を見上げると、雲がぷかぷかと気持ちよさそうに浮かんでいる。

太陽に月がかぶさり、さらに雲がかぶさっている状態。

しばらく見ていると、時々垣間見える日食の姿。

三日月のような薄っぺらい感じだった。

実際にみるものはそんないいもんではなかった。

なんてこと言うと怒られそうだけど、本当に大したことなかったよwww



てか、先進国の人々は本当に付加価値を付けるのが得意で感心する。

だって、日食なんてたまにしかみることができないから、希少価値が高いだけだろう。

そんなに美しいものか??

無理やり付加価値を付けて、ありがたがってるとしか思えないけどね。

一昔前までは、生きることに必死だった。

だけど現在では、ただ生きるのではなく、生きることに付加価値を付け無ければならない。

そんな押し付けがましい風潮がある。

夢とか、その典型的な代表作である。

ああ、うんざり。

半世紀前の時代の話を聞くとすごく羨ましく感じる。

日常の出来事に一喜一憂して、些細な喜びを見つけていく。

つまり、希少価値の低いものに付加価値を付けるのが得意なのだ。

これって以外に素晴らしい価値観だと思う。

今の人々(ぼくを含めて)に欠けていると思う。

これ本当にまじでww


てか、今回の日食に大して感動は無かったけど、数分間空を見上げることができてとてもよかった。

空の色なり、雲の流れ方なり、日差しなり。

大人になって、空を眺める機会はぐんと減ったように思う。

そんな余裕が無くなったのかもしれない。

今思うととても残念なことだ。

そんな何気ない幸せを大切にしていきたいし、これから見つけていきたいと思う。

希少価値の低いものに付加価値を。

これが次の日食までのテーマですww

以上。