今日は何の日か知っていますか?
そうです。
エイプリルフールですね。
実はこのエイプリルフール、沖縄にとっては歴史的かつ屈辱的な日でもあるのです。
1945年4月1日の朝、米軍は第2次大戦において日本本土上陸に先駆けて沖縄に上陸しました。
沖縄上陸にエイプリルフールが選ばれたのは意図的なのか偶然なのかは分かりません。
しかし沖縄にとってはエイプリルフール、すなわちウソであって欲しかった運命の日でした。
米軍は軍艦が約1500隻、米兵が約1万3千人の部隊で沖縄・中部の読谷村から北谷町におよぶ西海岸から上陸しました。
それに対して当時の沖縄の防衛軍は民間人2万人を含む約12万人でした。
米軍側1万3千人に対して日本側は約12万人という圧倒的な数だったのにもかかわらず、米軍はほとんど反撃を受けることなくわずか2日間で東海岸まで侵入し20日間で北部を制圧してしまったのです。
当時の米軍は激戦を予想していただけに、あたかもピクニック気分でいとも簡単に沖縄上陸できたことに拍子抜けしたそうです。
しかし実はそれには裏があったのです。
これが沖縄における地獄の地上戦の始まりだったわけです。
そしてある意味、米軍はまんまと日本軍の作戦にはめられてしまったといっても良いでしょう。
その日本軍の作戦とは米軍の日本本土上陸を遅らせて米軍の犠牲を多くしたのちに本土決戦を有利に展開させることだったのです。
すなわち、沖縄は日本本土防衛の捨て石にされたというわけです。
その後の沖縄における地上戦は激戦に激戦を重ねた末、日米双方で約20万人余という多くの犠牲者を出したわけです。
皮肉にもエイプリルフールに始まった米軍の沖縄上陸は決してウソではなく現実として日米の歴史に残る悲惨な戦いとなったのです。