沖縄と神戸の米軍基地 | 沖縄の文化と歴史ブログ

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本土と違う沖縄の文化と歴史を書き綴るブログです。

神戸の地より昨日に引き続き今日も神戸ネタです。

全国的な寒波襲来ですが神戸は日中の気温が2度くらいで雨は降りましたが雪は降りません。

南国沖縄生まれとしては雪が見れないのは残念です❗

さてそれでは本題に入ります。

1952年4月28日、第2次大戦後のサンフランシスコ講和条約にて日本は主権回復を果たしました。

しかしそれは沖縄を米軍の支配下に置くという条件だったのです。

安倍総理はサンフランシスコ講和条約の日を日本の主権回復の日と定めましたが沖縄にとっては米軍支配という屈辱の日なのです。

日本の国土におけるわずか0.6%の沖縄に全国の米軍基地の実に74%が沖縄に集中しているのが現状です。

つまり日本の主権回復は沖縄の犠牲の上に成り立っているわけですね。

さて、沖縄以外の6%の米軍基地は日本本土の青森、東京、神奈川、広島、長崎に配置されています。

しかし終戦後しばらく実はこの神戸にも米軍基地があったのはあまり知られていないでしょうね。

神戸港は日本軍が駐留していましたが敗戦により米軍基地として使用されていたのです。

さらには神戸で最高峰の山である六甲山の頂上付近にも米軍の通信基地があったのです。

その後、地元の人々の強力な基地撤去運動により米軍基地は神戸港と六甲山から撤去されたわけです。

港町神戸は異国情緒溢れる街ですがよもや米軍基地があったなどとは夢にも思いませんでした。

しかし現在も米軍基地があったとすればおそらく長崎の佐世保にある米海軍基地と同様にアメリカンナイズされた港町になっていたことでしょうね。