今、神戸にいます。
これも縁ですから沖縄にゆかりのある島田知事のことを書いてみたいと思います。
第2次大戦中の1945年1月、現在の神戸市須磨区出身の島田叡氏が戦争真っ只中の沖縄県知事に任命されました。
それはまさしく死を意味する任命だったのですが周囲の反対を押し切って危険な沖縄に赴任したのです。
私が行かなければ誰が行くのだ。自分は命が惜しいから誰か行ってくれとは言えん。
と言って任命を即断即決したそうです。
さて、島田氏が赴任して最初にやったことは日本軍第32隊との関係強化でした。
それにより沖縄住民の北部への避難を押し進めて住民の安全を確保したのです。
島田知事は自分のことは顧みず常に沖縄住民のことが優先だったそうです。
それは住民のみならず兵士に対しても同じで、例えば食料事情の悪い中でも自分のものを躊躇せず分け与えだそうです。
当時、水は食料同様に貴重なものでしたが危険な状況下で住民が汲んできてくれる水だから贅沢には使えないと節約に徹していたそうです。
そういう島田知事は沖縄住民からも兵士からも信頼が厚かったというのも頷けます。
昨今の政治家達に爪の垢を煎じて飲ませたいのですが今となってはそれも叶いません。
それが残念でなりません。
悲しいかな、今の政治家は自分のことしか考えていませんからね。
さて、戦況が悪化する1945年6月26日、島田知事も避難しますがその最後は壕の中で横たわりその手にはピストルが握られていたそうです。
しかし戦後70年経った現在まで島田知事の遺骨は見つかっていないそうです。
遺骨収集は現在も続けられているそうですが一日も早い発見を祈ってやみません。
今、神戸の地から島田知事のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
合掌🙏