沖縄と奄美と普天間基地移設 | 沖縄の文化と歴史ブログ

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本土と違う沖縄の文化と歴史を書き綴るブログです。

奄美はかつては(15世紀~17世紀)琉球王国に属していました。


そして1609年、琉球への薩摩侵攻により琉球から薩摩の支配下に置かれることとなったのです。


奄美は歴史的に日本と琉球の板挟みにあった苦難の島でした。


最初は日本の平家に支配され、その後は琉球、そして薩摩に支配され数々の差別を味わってきた苦難の島はその後第2次世界大戦による日本敗戦に伴うアメリカの占領下、沖縄とともに米軍統治下に置かれました。


沖縄が1945年に米軍統治下に置かれた翌年1946年に同じく奄美も米軍統治下に置かれたわけですが、当時の米軍は沖縄を南部琉球、奄美を北部琉球と位置付けて日本から切り離しを行ったのです。


しかし奄美の人々は琉球ではなく鹿児島県の奄美として米軍統治されることを望みそれが認められたのです。


結果として、奄美は沖縄よりいち早く1953年に祖国復帰を果たし鹿児島県奄美群島として米軍統治から逃れることができました。


そして沖縄は奄美より19年遅れて1972年に祖国復帰を果たすわけですが奄美の選択は今の沖縄を見てみると賢明だったと思います。


何故ならば沖縄のように米軍基地が置かれることもなく今日まで来れたわけですから・・・・・・


しかし実は米軍基地移設の危機はあったのです。


それは民主党政権だった2010年の鳩山政権時に普天間基地を奄美群島の徳之島に移設するという案があったわけです。


結局この案は当時の奄美の人々の強力な基地移設反対で頓挫したという歴史があったわけですが、これが沖縄県奄美群島であったなら・・・・・・・・・・


おそらく徳之島への普天間基地移設は充分あり得たことでしょう。


奄美の人々の苦難の歴史を振り返ってみてこれはとても良かったことだと沖縄県民として思います。


沖縄の人々は奄美の人々を兄弟のように思っていますから責める気持ちはないはずです。

ましてやかつては支配した地域ですから心理的な負を背負っているはずですからね。


しかしいつの時代も人間が人間を支配するというのはいやなことですね・・・・・・