たまたまTと帰る方角が一緒だということを知った僕は、彼を強引に呼び止め、駄菓子屋に誘った。

おそらくTにとっては、僕のような存在はもっとも苦手だったに違いないが、僕にとってはおかまいなし。

「何にする?」と選ばせるわけでもなく、
「ワインチョコ」というアイスを2本買って、彼にも1本。

とにかく誰かと理不尽な先輩たちに対する不満を共有したくて、僕は一方的に彼に愚痴った。

完全犯罪で先輩を殺す計画とか、日頃の恨みをこっそり晴らす仕返しの方法だとか、まあ、そんな話ばかりだ。
Tはそんな僕を警戒してか、「ああ」とか「うん」とか、相槌を打つだけだった。

稽古が終わって1年生が道場の掃除をしている間、よく僕はタバコを取られた。(未成年の喫煙は法律で固く禁じられています)

そこで、何か仕返しはできないかと考え、僕は「工藤ちゃんライター作戦」を編み出した。

100円のガスライターのキャップを外して、歯車のようになっているガス量を調節するレバーを、さらにプラスのほうに回せば、探偵物語の工藤ちゃんが使うライターのように、豪快な火になる。

仕返し決行の日、僕はわざと先輩に見つかりやすいようにタバコと工藤ちゃんライターを置いた。

稽古後、何食わぬ顔で道場の掃除をしていると、「わっ!」と悲鳴が聞こえた。

タバコをくわえて、ライターを顔を近づけたのだ。

部室から出てきた先輩自慢の前髪はチリチリになっていて、眉毛は焼失していた。

部室に入ると焼き豚の匂いがした。
(良い子は絶対にマネしないで、昭和の話ですから)

その日の帰り道、はじめてTが、ワインチョコを奢ってくれた。

希望ヶ丘と小山田方面の分かれ道、「じゃあな!」と手を振り、それぞれの家に帰る。

僕は自転車をとめて、満足げなTの後姿を見送った。

内ポケットからセブンスターを取り出し、ひと仕事を終えた満足感で、ニヒルにちょっと一服。

「ぼっ!」

以来、僕の眉毛は薄くなったままだ。





親友Tとは高校一年生の柔道部で出会ったのだが、不思議な縁だ。

クラスも違うし、そもそもタイプが違う。

僕が調子のいい「いちびり」なのに対し、
Tは寡黙で、なかなか人と打ち解けようとしない。
嫌いな相手とは口を利かない、というのなら分かるが、好きでも嫌いでもない相手とも口を利かない。
あの頃のTは今以上に、極端に面倒を避けるタイプの男だった。

共通点といえば、同じ方面からの自転車通学。
この針の穴のような小さなきっかけが、20数年来の腐れ縁を作ったのだ。

当時の柔道部の1年生は、先輩たちからさまざまなシゴキを受けていた。
要領のいい部員は、電車通学中に先輩に取り入ったので、やがて「理不尽」な部分は、自転車通学の僕とTばかりにまわってくるようになった。

中でもブタゾウと呼ばれる3年の副主将は怖かった。
100kg超の巨漢なくせに、カリアゲ頭で部分的に前髪を伸ばすという、チェッカーズが流行らせた髪型をしていたが、残念なことにどう見ても女子プロレスラーにしか見えなかった。

ブタゾウは部費の徴収を担当していた。
毎月300円。
これで部員のお茶やエアサロンパスなどを購入するのだが、それらが欠品しても、なぜか部費の徴収が減ることだけはなかった。

稽古が終わると、巨漢を揺すり、部費の徴収を行うブタゾウ。
ところが、これが意図してなのか偶然なのか、他の部員の耳には、

「ブヒ、ブヒ・・・」
と聞こえてしまう。

緊張の緩和という、お笑いの中では最高のシチュエーション。

笑っては不謹慎な場面で、コントは生まれる。
上下関係にうるさいブタゾウの前では、ニヤけるだけでキツいお仕置き。
体重をかけた巻き込み技で投げられるのだ。
当時の僕の体重は55kg(涙)。
倍の体重が加速をつけてアバラや背骨にのしかかってくると、息ができなくなる。
だからブタゾウが部費の徴収に回ってくると、命がけで笑いを噛み殺して、耐えなければならない。

今月もブタゾウの徴収がはじまる。

「おい、1年!ブヒ、ブヒ、ブヒ・・・」

「あ、はい!」(あかん、笑ったらアカン)

「ほら、ブヒ!」

「はい!」(こ、ここが正念場や、耐えろ、俺)

部費を渡すと、ブタゾウが短いエンピツで名簿にチェックを入れる。 
(器用なブタさんやな~、前爪でエンピツ持ちよる・・・ぷっ・・・)

などと、自分を窮地に陥れるようなコトバが浮かんでくる。
とっさに汗を拭うふりをして、道着の袖を口元にあてて、笑いを堪えていたら、ゴミを捨てにいっていた別の1年が戻ってきた。

「ブヒ!おまえらも、ブヒ!」
と、まだスマートに言っていたら耐えられたものを、神様の悪戯なのかブタゾウの鼻が鳴った。

「ブゴゴッ!」

一撃必殺である。

「・・・プー!」

「おまえ、何がおかしいんや?ナメとんのか!」

ブタゾウの腕が僕の奥襟をつかみ、払い巻き込みの練習台の餌食となる。
 
「・・・ん?」
僕は我が目を疑った。

持ってきたビデオ・コレクション、ケースのラベルにはマジックで「味の招待席」と書かれており、しかも1,2,3・・・とナンバリングまでされている。

この「味の招待席」とは、月曜から金曜までの毎日、9時の番組と10時の番組の間に放送されていた、実質3分くらいの料理番組で、関西の料理屋とそこの人気メニューの作り方を、タキシード姿の桂米朝師匠がナレーションで紹介するというものだ。

確かにその語り口と料理の映像は、小腹の減った夜の10時前には食欲をそそるものだが、
なぜそれを今、ダビングしてまで見なければならないのか。

「味の招待席」はかなり以前から、Tが弟と一緒に毎日、几帳面に録り溜めているのだそうだ。

「えっ?・・・これ、繰り返し見てるの?」

「たまに、な」 

Tはすました顔で答えるが、僕は心の中で、この悲しい兄弟の姿を思い浮かべて目頭が熱くなった。

「おいジュン、録画のセットは済ませたか?」 

「ちゃんとセットしたよ、お兄ちゅゎん」

「ビデオテープが一杯になったら、一緒に見ような」

「うん。一緒に見ようね、お兄ちゅゎん。ひとりで見ちゃダメだよ」

「はははは。こいつぅ!」

そしてある日、ビデオを再生する。

「お兄ちゅゎん、あの急須の中の茶色い食べ物は何?」

「あれは松茸っていうんだよ」

「ふーん、あれが松茸か・・・美味しいんだろうな」

「お兄ちゅゎんも食べたことはないけど、米朝師匠がいうんだから、きっと美味しいんだよ」

「松茸食べたいよぅ、松茸食べたいよぅ」

「ガマンするんだ、ジュン。いつかお兄ちゃんが働いて、きっとお前に腹いっぱい松茸を食べさせてやるからな」

「約束だよ、お兄ちゅゎん。きっとだよ、絶対だよ!」

「ああ、約束だ。きっと守る。それまではこの永谷園のお吸い物でガマンするんだ!!」

嗚呼、想像するだけで涙が止まらない。


自宅のビデオデッキの配線を全部取り外して、自転車カゴに精密機械をのせて、我が家まできてくれたことは深く感謝するが、「味の招待席」のダビングでビデオデッキ・デビューすることは、高校生の僕には渋すぎるので、丁重にお断りした。

しかし「味の招待席」をコレクションしていた彼の弟ジュンは、その後もビデオなどの映像機器やテレビ番組に興味を持ち続け、現在はプロとして某テレビ局の番組制作に携わっている。