友人のKが、地元のチンピラに捕まった。
(と、いきなりハードボイルドな展開ではじまる)

高3の夏、Kは地元の怖い人たちにノルマを課せられて、「Hなビデオを売ってこい」と命じられていた。
僕もタイトルの書かれたリストを見せられて、1本でもいいから買ってくれと頼まれた。

ところが我が家にテレビはリビングに一台、ビデオデッキもそこにセットされており、しかも襖を隔てた隣室で両親が寝ているから、Hビデオの鑑賞なんてご法度もいいとこだ。
身内に不幸でもあって両親揃って出かけるとか、宇宙人にさらわれるとか、そんなチャンスがあればいいのだけど、身内はみんな憎たらしいくらい元気だ。

昼間は昼間で、獅子舞みたいに金歯を光らせた祖母が茶の間を独占している。
無理だ、宝の持ち腐れになる。

しかしKに渡されたリストには胸がときめく文言たちが踊っている。
読んでいるだけで鼻血ブーだ。
魔がさすというのはこういう状況だろう。
蜃気楼のオアシスに向かって歩く、砂漠の遭難者のように、
「よ、よ、よし、お前が困っているなら1本買ってやろう」と、
松田聖子のヒット曲と同じタイトルの作品を購入してしまった。  

後日、Kから現物が手渡された。
といっても、不正なビデオのこれまた不正なコピー。
パッケージなどごく普通のTDKのビデオテープだった。
ラベルすら貼っていない。
それでもどことなく隠微な香りが漂ってくるのは、僕の中にまだ純情な少年の心があったからだと思う。
硝子の少年時代の、破片が胸へと突き刺さったのだ。

ところがものの半日、カバンに入れているだけで、だんだんこのビデオテープの存在がやっかいになってきた。

教師からよく持ち物検査をされる僕、普通に道を歩いているだけで警官から職務質問、もしもファンの女の子たちに知れたらエラいこっちゃである。やはりこれは僕の手元にないほうがいい。

とりあえず剣道部主将のオカモトに貸すことにした。
コイツならタイホされても心は痛まないし、オカモトからビデオの内容を聞いて、妄想するだけで十分だ。

翌日、オカモトに「どうやった?」と訊いた。

「すごかった、ピンポン玉が・・・」
「えっ?ピンポン玉がどうしたって?」
かなり気になったが、あまりがっつくのも大人げないと思い、隣で物欲しそうに聞き耳をたてていた剣道部副主将のキダ君に貸すことにした。

さらに翌日、キダ君にも「どうやった?」と訊いた。
「うん!」
キダ君は満足そうに頷いた。
しかし頷くだけなら貸す意味がなかった。
ピンポン玉はどうなったんだ!

「次はオマエ、その次はオマエ・・・」
消化不良気味のまま投げやりになって、次々と貸す順番を決める僕の肩を、背後からポンポンと叩く人物がいる。

親友Tだ。
まさか、そんな、あのTが!
「味の招待席」と「わくわく動物ランド」と「加トちゃんケンちゃんゴキゲンテレビ」と「お笑いネットワーク」しか録画しないTも、やはりこういう世界に興味があるんだな。
所詮オトコなんてさ!
 
「あ、見る?それやったらイの一番に貸してやったのに」と、
次の予約者をキャンセルして、優先的にTに貸してやった。

HビデオとTが僕の中でどうしても結びつかないけど、彼ならどんな批評をするだろう。

翌日、Tに「どうやった?」と訊いた。
Tはクールに、メガネのくもりを拭きながら、
「いまどきはこんなんが流行ってるんか?」
と言ってのけた。

途端に僕は、こんなビデオテープ1本を持て余して、大騒ぎしていた自分が恥ずかしくなった。
憑き物が落ちたというか、なんて自分は器が小さいのだろと気がついて、肩の荷が軽くなった。

観るぞ、オレも。
もうこうなったら、一家団欒の席で再生して、家族の前でアハハハと笑ってやる。ばーちゃんの金歯も吹き飛ぶぜ! 
だからT、返せよ、オレのビデオテープ。

Kから3,500円で買ったオレの青春、「ピンクのモーツァルト」を!!

しかしTに貸したビデオテープは、二度と僕の手には戻ってこなかった。
どうやら視聴中、Tはお母さんに見つかって、テープを廃棄させられてしまったらしい。

おかげで僕もTのお母さんにはしばらく合わせる顔がなかった。
数日間の夢まぼろし。ピンポン玉の謎も露と消えた。



お顔のシワやタルミなどが気になっても、
目でも見ても判らないお顔の凝りが気になる方は少ないと思います。
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僕がジュリー、沢田研二さんを敬愛するように、親友Tにも3人のアイドルがいた。

まず一人目は小林旭である。Tは小林旭のことを「アキラ」と呼んでいる。

僕の世代にとってアキラといえば、「♪燃える男の~赤いトラクター」のCMのイメージとか、80年代にヒットした「熱き心に」の印象が強いのだが、Tの好きなアキラは、マイトガイと呼ばれた日活アクション映画のアキラである。

「渡り鳥シリーズ」と呼ばれる一連の作品を、Tはこよなく愛しており、劇中のアキラこそが男の中の男だと思っている。

1980年代半ばといえば、都会的で華奢な俳優が、カフェバーやプールバーでカクテルを飲み、リッチなマンションに住んで、恋愛しまくるドラマがトレンドになりかけた頃。

確かに僕もその時代の軽薄さには嫌悪感を抱いていたが、Tにいたっては、草原で馬に乗るアキラ、波止場でガットギターを「爪弾く」アキラが、もっともかっこいいという。

折しもその頃、ジュリーが歌っていたシングルが「渡り鳥はぐれ鳥」。アルバム「ノンポリシー」にも、どことなく古き良き日活映画のオマージュを感じとることもできたのだが、Tは「それみてみろ」とばかりに得意げになる。問題はTが「ようやく時代が自分の感性についてきた」と勘違いしていたところである。


つぎのアイドルは、Tが住む団地の、真上の階に住む「ナカオカのおっさん」という人物だ。もちろん僕は面識がないのだが、Tの話によると、普段は愛想もよくて、町会的なイベントにも積極的に参加する、人畜無害のおっさんなのだが、唯一の弱点といえば、溺死寸前まで酒に溺れること。

Tはよく、「昨夜もおっさん、酔っ払いよった」と、最新のホットな情報を伝えてくれるので、徐々に僕も頭の中に、おっさん大活躍の情景を思い浮かべることができるようになってしまった。

ひとたびナカオカのおっさんに酒が入ると、志村けんがコントでやるような見事な酔っ払いに変身する。ヘベレケで帰宅して、フラフラと階段を上ったり下りたり、大声でわめきながら自宅の扉をドンドンと叩き、奥さんが近隣の住民への迷惑を咎めると、日頃温和な顔で接している住民たちに対する罵詈雑言、悪態をつく。ようやく奥さんになだめられて家の中に入っても、眠りにつくまでひとしきり暴れ、家具や食器が破壊される音などが聞こえるそうだ。

お笑い好きのTにとっては「リアル志村けん」である。マジメな家庭に育った彼らにとって、酒乱モードの人間なんて異端そのもの。Tは布団の中で息を殺して、そんなナカオカのおっさんの一大パフォーマンスを堪能する。翌日、シラフに戻った温厚なおっさんの姿を確認すると、なお面白いのだそうだ。

物真似の上手なTはその状況を再現して話す。そばで目撃しているわけではなく、じっと聞き耳を立てているだけなので、大まかなところは空想力をはたらかせているわけだが、頻繁な出来事なだけあって、クオリティは高い。


最後のひとりは、血の気が多い僕の親父である。
PLの花火をみるために屋根に上ったはいいが、その後、屋根から飛び降りて足を骨折した話をすると、Tは大喜びで僕の親父情報を求めるようになった。

かつて僕が中学の頃に、親父が部屋に入ってきて、「勉強なんかやめてしまえ!」と僕の教科書類を窓から捨てようとしたが、ガラスが閉まっていることに気づかず、手を7針も縫うケガをした話や、学校でタバコを見つかって停学の呼び出しを受けたら、教師の見ている前で僕をボコボコに殴ったくせに、親子仲良く一緒にタバコを吸いながら家に帰った話とか、Tはそんなうちの親父のダメダメ話に興味津々。

我が家に遊びに来たときは「おっちゃん、おっちゃん」と親父を慕っていたし、親父のカラオケ教室の発表会など、息子の僕よりも張り切って観に行っていた。

まあ、それをいうならTの親父さんもなかなかのもので、ハワイ旅行の僕へのお土産が、ダンヒルをワンカートン。それを「吉本君に」と登校する息子に渡す。Tが朝の校門で生徒指導の持ち物検査なんかされたら、即アウトである。この子にしてこの親あり。なかなかファンキーなお父さんであった。

異端の中年おやじに愛着を持っていたT。
気が付けば、自分たちの年齢もそろそろ仲間入りである。