植物は発芽する地を選べず、そこで精一杯生きていこうと全力を注ぎ、どんなことをしても子孫を残そうとする。
たとえ痩せ地で未熟なまま生を終えても次代に引き継ごうとしている。
根を伸ばした頃から土の状況を正確に把握し、根をどのように伸ばすか、葉の大きさや厚さ、花の時期から種の個数まで計算している。
そして子孫の為に環境を整え、親が子の為に蓄財し、生きて行きやすいようにしている。つまりその種が成長しやすいような土壌の整備だ。
土壌環境が整うまで世代を超えてそれを繰り返し、微生物、昆虫、ありとあらゆるものを呼び込み働き続ける。
化学肥料、有機肥料、堆肥などを土壌に持ち込めば彼らのセンサーは狂い、それらを吸い上げて肥大するしかない。
土壌環境を整える必要性もなくなってしまう。
生命を生み出すことにおいて大先輩の植物の面倒を細部にわたって見ると言うより、強制しているように見えるのだが・・
そうして出来上がった野菜は、虫や病気の洗礼を受けやすくなる。
不自然なものは淘汰されるのが自然界の仕組み。
自己分解も困難で腐り易くなってしまう。
植物の持つ力に敬意をはらい、それを取り巻く微生物や昆虫や鳥、それらは必要だから存在し、それぞれの役割を果たしている。
そのどれが欠けても循環は成り立たない。
人も動物の一員であり、人の本来の役割は出来たものを食べて種を撒き散らすことだけ。
農業をやるなら、出来ることは環境のお膳立てくらいであり、協生農法は植物に敬意を払った「環境お膳立て農法」・・だな。
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