シイタケより安かったマッタケ | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

 

 

 

マッタケは庶民の手が届かないほど高価なキノコになってしまったが、本来はシイタケよりも安かった。

明治44年のマッタケ価格はシイタケの十分の一、米一升よりもマッタケ1kgの方が安い。

この価格大逆転の大きな理由は、生活様式の変化がもたらしたもの。

 

天候の影響やマツクイムシの害などもあるが、最も大きな理由は、炊事・風呂・暖房などに薪を使わなくなったことであり、山の管理が困難になったことだな。

 

香りマッタケ味シイタケと言う言葉通り、味はシイタケが勝り、シイタケ栽培が始まったばかりのシイタケは高価であり、マッタケはどっさり採れていた。

里山の減少でマッタケは激減、シイタケは生産量が激増した。

 

子供の頃の家の稼業は食料品店で、秋にはマッタケがどっさり入荷。 毎日のように売れ残りを食べた記憶がある。

当時のマッタケはシイタケよりも高かったが、庶民の秋の味覚。

マッタケご飯、吸い物、すき焼きなどは定番だった。

同様に、超高価だったバナナにも不自由しなかった。

売れ残りにありつける食品店に生まれてよかった・・

 

30代の半ば、ヤマハリゾート施設でマリーナ支配人をやっていた頃、マリーナ敷地内の小山に毎年マッタケが自生し、賄いマッタケランチに不自由しなかった。

マリーナ水面から10m未満の赤土の岩山で、浜から数mの位置で潮風もよくあたる場所にもマッタケはあった。

 

マリーナ桟橋でモンゴイカやメバルも釣れるし、伊勢海老もサザエも住み着き、そりゃあもう食卓は豪華で、他の社員も羨むほどだった。

クラブハウスすぐ裏の斜面には見事な太さの自然薯も自生、調達は楽だった。

 

流通が激減するほど高価になるのは当然で、高級魚と呼ばれる魚やウニやカラスミなども同じ。伊勢海老やアワビも価格が高騰したが、味が比例しているわけではない。

 

マッタケは未だ人工栽培が不可能だが、成分が基点の今の学問ではそうだろうが、生命エネルギー理論が波及すれば間違いなく可能になるだろうな。

 

マッタケパスタ、マッタケうどん、マッタケらーめん、マッタケ丼、マッタケ茶漬け、マッタケ饅頭・・

マッタケを思い切り食べたい庶民の為にも急ぐかな・・・理論の波及。

 

 

 

ヤマハ時代、お野人はマッタケやハッタケ、アミタケやナメコ、キクラゲなどキノコ採取と探究に没頭していた時期がある。 野生のエノキタケは大好物。

マッタケも自在に採ってスタッフの賄い食にして食べていた。 当時部下だったまむし頭もマリーナのハゲ山にへばりついてマッタケ探しに精を出した。

 

マッタケは海岸から5mの赤土ハゲ山にも生えるビックリマーク

このマッタケ小山は部下が立ちション中に発見した。

 

ダウンダウン マッタケ山

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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