パーマカルチャーとは人間にとって恒久的持続可能な環境を作り出す為のデザイン体型のことで、パーマネント(永久の)とアグリカルチャー(農業)を合わせた用語だ。
単一的な品種を機械化された農業で量産するのはモノカルチャーと呼ばれ、多様な作物、多様な品種を組み合わせた混作複合農業はポリカルチャーと呼ばれる。
モノカルチャーは灌漑設備、農業機械、化学肥料、農薬を多用、ポリカルチャーは化学肥料、農薬、燃料などの低投入型農業であり、違いは経済的なリスクだ。
モノカルチャー、ポリカルチャーの農法は具体的だが、パーマカルチャーには具体性も理論もない。
パーマカルチャーとは理念であり農法とは言えない。
調べれば素晴らしいことがこれでもかとばかりに書かれているが具体的な理論は出て来ない。これから築き上げようという考え方だ。
誰が作ったか知らないが、絵にかいたような理想論だな。
以下・・
バーマカルチャーには,植物,動物・建物および(水・エネルギー・コミュニケーションなどの)生産基盤などを扱う側面もある。
しかしーパーマカルチャーはたんにそれらの要素そのものだけに関わるものではない。
むしろ,それらの要素をその場所の中にどのように配置するかによって,各要素間にどのような関係をつくり出せるかを扱うのである。
その狙いは一生態学的に健全で,経済的にも成り立つ一つのシステムをつくり出すことであり,それぞれの要素にとっての必要がそこで満たされると同時に一搾取したり汚染したりすることのない仕組みであり、したがって長期にわたって持続しうるシステムである。
バーマカルチャーは,植物や動物の固有の資質とその場所や建造物の自然的特徴を活かし一最小限の土地を活用して・都市部にも田舎にも,生命を支えていけるシステムをつくり出していく。
パーマカルチャーの基盤をなすのは、 自然のシステムの観察と一昔からの農業のやり方の中に含まれている智恵、そして現代の科学的・技術的知識である。
それは生態学的モデルにもとづいたものではあるが、パーマカルチャーは「耕された」生態系(cultivated ecology)をつくり出す。
すなわち,通常自然の中で見られる以上に多くの,人や動物の食物を生産しうるシステムをデザインー設計するのである。
自然のシステムを読みとり人間の生活をそれに組み入れることにより、自然の豊かさ(生産力、多様性)と人間の生活の質(物質的豊かさよりも精神的豊かさのある生活)を共に向上させる。
基盤をなすのは自然のシステムの観察
一昔前からの農業の知恵と現代の科学と技術的知識
パーマカルチャーは耕された生態系を作り出す
支離滅裂でお野人にはさっぱり理解出来ん世界だな。
それに、実態はまるで他力本願ではないか。
農法としてはポリカルチャーと大差ない。
生態学的に健全で経済的にも成り立つシステムを作り出すと言うなら早く作り、それがどのようなものか示せばよいのだが、上記の3つの?項目の内容から見ても到底作り出せるとは思えない。
物理とは無縁の、殿様目線の言葉の世界ではないか。
自然農法も生計を立てる農法としては理論も具体性もないが、理想的な言葉を並べず、素直に自由に自然と共に生きようとするだけ好感が持てる。
協生農法はパーマカルチャーで言う自然のシステムを物理的に解明したものであり、生態系が永久に持続出来る農法。現農業によって破壊された表土の復元も短期間で出来る。
人間の道理で組み立てたものではなく人間だけのものでもない。
協生理論からパーマカルチャーの間違いは具体的に指摘出来る。
パーマカルチャーが誕生して半世紀。
今のパーマカルチャーでは世界が抱える問題の解決は不可能。 可能ならとっくに結果を出している。
パーマカルチャーも自然農法も協生農法も冒頭理念は同じだ。
当たり前の言葉を並べるだけでは役に立つはずもない。
農業だけでなく環境問題、飢餓貧困、紛争、健康問題、世界は多くの問題を抱えているが、何故そうなったのか、何処を間違えたのか。
理想論を並べるより、危機に陥った具体的理由と解決策を明確にするのが最優勢であり、人知はその為に使うべきだろう。
すべては現学問の歪が生み出したもの。
学び方、思考の起点と進め方を変えない限り自然界の理解は困難、現状も変えられない。
雨の講習会 農業の理
https://ameblo.jp/muu8/entry-11189293711.html
表土の役割 2
https://ameblo.jp/muu8/entry-11207376356.html
協生理論がネイチャー誌に掲載
https://ameblo.jp/muu8/entry-12406660964.html