東シナ海流62 床下の地鶏を丸ごと食う | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

知人の家を訪ね、空いている離れを借りた。

夜も更けて腹は減っているのだが、無理を言うわけにもいかない。

船には缶詰やカップ麺はあるがそれも味気ない。


その時、何やら床下が騒がしくゴソゴソ音がした。

縁側を見ると鳥の頭が見えた。

中を覗くとニワトリがウジャウジャいるではないか。

それで何やら先ほどから妙な臭いがしていたのだ。


主に聞くと、それは床下をねぐらに、竹薮をなわばりにする放し飼いの鶏で鳥小屋などは最初からないらしい。

昼間、山や竹藪に出かけ、草やミミズや虫を食べ、夕刻になると列をなして帰って来るらしい。

穀物はたまに気が向いたら与えるようだ。


何とも優雅で何匹いるかもわからないと言う。ところかまわず見境なく卵を産み、食い損なった卵が孵化、勝手に増えるらしい。

こいつらはバリバリの地鶏なのだ。

もうよだれが止まらない。

カップラーメンどころではなくなった。


伊藤常務の顔を見ながら地鶏を指差し、「これ・・・食う?」と聞くと、魔除けみたいな顔してコクリ・・とうなずいた。

一匹タダでもらい、鍋と食器は母屋から借りてきた。

鳥の絞め方は、首をひねるか、足を吊るして首ちょん切るかだ。

殺気を察した地鶏は「コケ~!コケ~!」と嫌がっている。

可愛そうだが仕方がない。子供の頃何度かやらされた。

しかし手馴れた主が最初の処理はやってくれたので、毛を丁寧にむしり、大出刃でバコン!バコン!と骨ごとぶつ切り、頭も足も放り込む。

内蔵も食えそうなものは鍋に放り込んだ。

「おい・・随分乱暴な料理じゃのう~汗

伊藤常務が不安そうに覗き込む。

前の畑で適当に採った野菜もぶった切ってそのまま鍋に入れた。

本当は骨からじっくりスープをとったほうが旨いが、海で重労働したので腹が減って我慢ならないのだ。

少々生でも骨まで食ってやるつもりだ。


食べるのは深夜になってしまった。

絞めてすぐだったので肉質はギチギチして硬めだったが文句なく旨い。

3人が絶賛しながら黙々と食った。

二人は、鍋から不気味に飛び出た頭と足が気になるようだ。

小林さんは「何でこんなの入れるの~ドクロと情けない顔している。


小さい頃食べた家のニワトリも旨かったが、遭難の後のニワトリもまた格別だ。

何しろこいつらは自力でエサをとって運動もたっぷりしているのだ、不味いはずがない。

塩と醤油で適当に味つけたスープも全て平らげた。

一口食べる度に吐き出す骨だけが後に残り「もののあわれ」を誘う。


最後に積み上げた骨の上に頭のガイコツを乗せて三人で合唱音譜・・いや、合掌汗した。

そして限りなく原始に近い普通のニワトリに感謝した。

全ての動物は他の命で自らの命を繋ぐのだ。


翌朝、床下の鶏達が出動する音で目が覚めた。散歩とエサ探しは彼らの日課なのだ。
朝食は母屋でご馳走になり、お礼を言って港の船に戻った

一人船に残った機関長はカップラーメンをすすりながら完全にエンジンを修理していた。

食事に誘ったのだが深夜まで修理に熱中していたのだ。

船には釣った魚の刺身だけはふんだんにあったようだ。


前日の風とうねりは残っていたが走れない波ではない。

口之永良部島を出航、諏訪瀬丸は一路屋久島を目指した。

漁船は出港出来るような状況ではないが、両エンジンが快調なら大波も快適だ。

二階のアッパーデッキまで波しぶきをかぶり潜水艦のようになりながら母港の一湊港へ無事に入港した。