スズキの「洗い」とは? | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

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そぎ身を氷水で晒した スズキの洗い

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昨日の夕方、知人が大きなスズキを二匹持って来た。2匹とも二キロで60cmを超え、まな板には乗らない。嬉しいが困ったものだ。まだ生きているから暴れ回る。さてどうやって食うか。フルコースにしてもとても一日じゃ食いきれない。スズキは、セイゴ、フッコ、スズキと成長につれて名を変える「出世魚」で、60cmを超えるものをスズキと呼ぶ。一般的な旬は産卵前の初夏で、需要が多いから価格も高騰する。年間で一番脂が乗って確かに旨い。8月から11月にかけてはげっそりと痩せて味が落ちるが価格は急に落ちない。12月に入ると2月までは伊勢湾のスズキは大漁で、価格は急落、夏の10分の1近くなる。ところがスズキは体力を盛り返し丸々としてくる。夏ほどではないが薄っすらと脂も乗って来る。スズキの買い時は真冬と言うことだ。

夏は「スズキの洗い」が有名だが冬でも出来る。洗いと言う言葉は聞いた事があるだろうが、正確に認識している人は少ない。洗いとは刺身を洗うことではなく、温度差を利用して身を白く縮れさせ、食感を変える事だ。魚独特の臭いも抜ける。多少の脂も抜けるが酢味噌でもポン酢でも美味しく食べられる。ただし、身の細胞が生きていないと出来ない。死んだ細胞を水で洗っても白くふやけて味が抜けるだけだ。昔は冷たい井戸水を流しっぱなしにしたところから「洗い」と言う言葉が生まれた。今は常温から氷水に入れておけば洗いは出来る。活きたスズキでなくとも細胞が活きていれば良い。魚は死ぬとしばらくして死後硬直が始まるが、そうなったら洗いは無理だ。死後硬直に入る時間を延ばす処置が「活けジメ」だ。大きさによっても異なるがこれくらいのスズキだと6時間くらいは活きた状態が続き、死後硬直しない。処置をしなければすぐに硬直する。処置をすると硬直時間も数倍長く、数日後でも刺身で食べられる。スーパーに並ぶ今の魚はほとんど処置がほどこされてないから、当日でも身が柔らかく、生臭くて旨くない魚が多いのだ。最悪の魚の処理は、よくテレビでも見るだろうが、定置網からあげた魚を水氷にそのまま入れることだ。魚はもがき苦しみ暴れて、血が全身に回る。一本釣りのカツオもデッキに叩きつけられ氷水の水槽に入るから肉質は良くない。数時間以内ならまったく問題なく食べられるが、夕方には生臭くて不味くなる。生きた牛や豚をそのまま氷に入れて絞めて、精肉にしたらどうなるか考えて見ると良い。タンパク質の仕組みはそれと同じなのだ。一瞬で「即死」させ、動脈を切って「血を抜いて」から「急激に冷却」させることが最適な処理だ。カツオでもサバでもアジでも、釣り上げて床に落とさず脇で抱えて瞬時に首を折り、血を抜いて氷水に入れたものが最高の魚だ。下手に活かすのも良い方法とは言えない。傷みの早い「サワラ」はそのように処理したものしか最高の刺身は食べられない。

食べ頃になるまで寝かす時間は牛と豚と鳥が違うように、魚の種類、大きさでまったく異なる。「洗い」は細胞が生きている内にしか出来ない「特殊な刺身文化」なのだ。一般的に肉の旨味は死後硬直が解ける寸前が一番多くなる。活魚の「活き造り」が何でも美味しいはずもなく、魚種は限られている。魚の仕組みを知れば、寿司屋でも活魚料理屋でも楽しく魚が食べられる。