東シナ海流61 夜の遭難 口永良部島 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

本社からヤマハリゾートの伊藤常務が屋久島にやって来た。

諏訪瀬島ではゴルフ場の支配人としてじいさんに同行、波にさらわれ海に引きずりこまれた時に助けた男だ。

あれからじいさんに見込まれて取締役に、まだ40代だが既に常務になっていた。


屋久島から12キロのところに口永良部島がある。

船で半夜釣りがしたいとのことで、午後、20トンのクルーザーで案内した。

諏訪の瀬丸はヤマハの特需艇で、処女航海で諏訪瀬島に来た時に窮地を救ったことがある因縁の船で、今は屋久島に係留されている。


口永良部島は人口200人足らず、ひょうたん型の島で活火山の活動が盛んだ。

昔、NHKの人形劇で「ひょっこりひょうたん島」と言うのがあったが、そのモデルになった島らしい。


風はあったがたいしたことはなく、小林さんと機関長を入れて4人で一湊港から島に向かった。

風裏になる島の入り江にアンカーを下して半夜釣りをして21時頃までには屋久島に帰る予定だった。

大型のハタやヒラアジを釣ったが、夕方、風が強くなり、帰港の為エンジンをかけようとしたら2機のエンジンの1機が始動しない。セルモーターが不調らしい。

機関長が機関室で四苦八苦したが駄目だった。


1時間くらいすると強風の為に猛烈に海が荒れ始めた。

うねりが高くなり海底からアンカーが外れて船は沖へ流され始めた。

片方のエンジンだけで帰るしかないがこの時化ではそれも不可能だ。今夜は島の港に停泊する事にした。


しかし悪い事にアンカーロープがプロペラと舵に絡まってしまったのだ

片方のエンジンはかかってもプロペラを回せず絶体絶命に陥った。

船は既にはるか沖に流され、島には夜の海にこの波で出せる船はない、しかも小型船ばかりで20トンの船は曳航出来ない。

海上保安庁に救助依頼しようにも鹿児島から巡視船が来るまで4時間も船はもたないだろう。


成す術がないこともない。

船底に潜ってロープを切れば良いのだ。

裸になろうとすると伊藤常務はじめ皆が止めた。あまりにも無謀だと言うのだ。

既に風速は10m、波高は2mで船は猛烈なスピードで横流れしている。

行き先は太平洋のど真ん中なのだ。


それにもう一つ、ここはサメが多い海域だった。

しかしそんなこと言っている場合でもなく、最悪の事態が迫っている。

「出刃包丁持って来いビックリマーク

そう言って水中マスクとライトの準備をした。

船尾も大波が洗い始めていた。


船尾からタイミングを見計らって飛び込み一気に船底へ、プロペラシャフトへしがみつきロープを切断、絡みをほどいた。

手間取ったので苦しくて海面へ浮上すると、船から一気に引き離された。

大声で「ロープを流せ!!と叫んだが手間取っていた。


船からロープが流され、何とか掴んだ時には30mくらい引き離されていた。

ライトと包丁を捨てて全力で泳いでも波に邪魔されて船には追いつけないだろう。

それくらいならライトを持って船が探しに戻って来るのを待つほうが良い。ライトの灯りが目印になるからだ。

3人に船からロープで引っ張られている間、急にサメの恐怖が襲って来た。

これではまるで「活き餌」のトローリングなのだ。

エサにはなりたくない。ライトで周囲の海中を照らしながら包丁を構えていたが、船に着くまで非常に長く感じた。


船尾のトランザムデッキに這い上がった時思わず叫んでしまった


サメよさらばドキドキ・・と


昨年の諏訪瀬島以来この船とは本当に因縁が深いようだ。

無事に戻ったことを伊藤常務は心から喜んだ。

「お前のやることは狂人沙汰だがたいした男だ抜け目がない。これでお前に助けられたのは二度目だな」

そう言って笑顔で迎えてくれた。


海は荒れ狂っていたが船は無事に口永良部の港に入港した。

今夜は小林さんの知人の家に泊めてもらうことにして、修理の為に船中泊する機関長を残して3人で上陸した。