東シナ海流41 海に下りたコブラ | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

コブラと言えばインドを中心とする南アジアが生息地だが日本にだって仲間はいる。「海に下りたコブラ」とも呼ばれるエラブウミヘビとその仲間だ。コブラ科に属し、咬まれると神経をやられ呼吸麻痺に陥る。産卵期にはその毒性はハブの60倍にも達する。今でも産卵は陸に上がって行う。元々陸に生息し、島に取り残されたので海に餌を求めたのだろう。地元の人はイラブーと呼び、滋養強壮剤「クスイムン」として古くから琉球王朝料理の食材として重宝されていた。今でも市場ではトグロ状に巻いて燻製にして売られている。健康に良いとされ、煮詰めて濃厚にしたスープは「イラブーシンジ」と呼ばれる。性格はおとなしく、よほどしつこくちょっかいを出さない限り咬んだりはしない。潜水調査中によくすり寄ってきた。足に密着して泳いでいるがいつも放っておく。浮上した時に頭に海藻が乗っかっていると思い、手で振り払ったら厚かましくもイラブーだった。内心、死ぬほどびっくりしたが、その程度であわてふためいていたら仕事にはならない。うじゃうじゃいる鮫だって種類と大きさによってある程度は無視しなければとても海には潜れない。

本浦港の工事で、住友建設の坂井さん等二人が小さな船の上で指示し、潜って海底の状況を調べていた。水深は5m程度なので素潜りで十分だ。測量ケージの真下に潜るとイラブーの小さいのがいた。つい悪戯心を起こし、捕まえて浮上して、「お土産!」と言って船に投げ入れた。その瞬間、二人とも顔が恐怖に引きつり、ヘルメット、安全靴のまま「ワー!」と叫んで海に飛び込んでしまった。護岸まで必死で泳ぎ、船には戻ろうとしない。「冗談キツイよ~!」とカンカンに怒っているので仕方なく船に乗ってイラブーを放り出して岸に着けた。しかし、イラブー様のご威光はたいしたものだ。

ある日、魚類の潜水調査中に、これまで見たこともないような巨大イラブーを見つけた。海底の珊瑚の間に絡み付いていたのをほどいて引きずり出し、船に上げると長さ150cm、3キロ以上はあった。産卵期で腹が膨らみ、胴の太さは腕くらいある。こいつ以上の猛毒海蛇は国内には数えるほどしかいないだろう。クーラーいっぱいにとぐろまかせて持ち帰り、ベッドの上で鎌首を掴んで、見事な黒光りに感心しながら観察していたら、農園担当の池ちゃんが鼻歌まじりでヒゲを剃りながら入ってきた。思わず隣の彼のベッドの毛布の中に隠したのがまずかった。彼はベッドにどっかりと腰掛けたのだが、すぐにお尻に異物を感じて毛布をめくった。その瞬間顔が引きつり、「アッゲ~~!!」の叫び声と共に猛スピードで部屋から飛び出して行った。そしてしばらくは帰って来なかった。蛇が大嫌いだったのだ。「心臓麻痺で死ぬところだった」と言うが、胸毛に覆われた心臓が麻痺するわけがない。散々ぶつぶつ言ってはいたが無視するにかぎる。

巨大イラブーを島民の山木さんに寄付すると、早速夕食のお誘いがかかった。嫌がる被害者の池ちゃんを誘い、山木さん宅を訪問すると入り口の戸板にイラブーの皮が貼り付けられている。幅は30cm近くあり圧倒される。入れるお金もないのに財布に加工するらしい。濃厚なスープと唐揚げをたらふくご馳走になり、池ちゃんは恨みも忘れて焼酎を飲み干しご機嫌だった。「体がポッポしてきてイラブーは最高だなあ!」。食は人を幸福にする。翌日の仕事は二人とも気力体力共に絶好調だった。これもイラブー様の御威光のようだ。