アワビから生まれた「のし」の味 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

海に囲まれた日本は古くから海の食文化がある。特にアワビは重要な産物で神事のお供え物に用いられていた。アワビを「かつらむき」に長く切って伸ばし、天日干しにした「のしあわび」は長持ちして栄養価も高い。やがて中世には武家の出陣や帰陣などの祝儀に用いられるようになったが戦場の保存食としても優れものだった。江戸時代には「長生きの印」として慶事などの儀式に高価な贈答品として用いられた。のしは元々「生ものを添えました」と言う意味があり、和紙に包んで贈答品に添えられていたが、目的は神仏への供え物なのでそのうちに生もの以外のものにも添えられるようになった。やがて「生もの」に「生ものを添えました」は不自然だと言う事で、生鮮品には不要になった。

現在では高価なアワビは使われず、形だけの紙になってしまったが、「のし」は敬意と感謝の意味で贈答品に使われている。

日本に限らず乾物の食文化は世界各地にある。干物、干ししいたけ、あおさ、昆布、切干大根など無数にあるが、保存だけでなく干す事により旨味が増すからだ。中華料理では干しアワビや干しナマコ、干し海老などが今でもふんだんに使われている。日本では干物やチリメンジャコなどの魚は日常使われているのに、何故、「のしあわび」とまでは行かないが、「干し貝」があまり料理に使われないのだろうか。

グルタミン酸は昆布、イノシン酸はカツオ節、グアニル酸は干しシイタケ、貝類の旨味の元はコハク酸だ。生の貝はふんだんに使われているのだが干し貝はあまり使われていない。干し海老も一般的ではない。4つの旨味の元が揃えばさらに深い味が出るはずなのだが。

冬の海鮮鍋やブイヤベースでわかるが、魚に海老、蟹、貝が加わると強烈な旨味のスープになる。日本の鍋は、ダシに昆布を使うから、「旨味勢揃い」の究極の味なのだ。もっと干し貝を日常の料理に取り入れても良いのではないだろうか。「昔からこうして来た」と伝統を重んじるなら、昔の人は「干しアワビ」の味を頂点にしていたのだ。高価なアワビはやはり刺身かステーキなどで食べたほうが良いだろうが、アワビに限らず日本は貝の種類と使用量は世界一だ。干し貝などは幾らでも出来る。二枚貝ならアサリがあり、のしに剥くならニシ貝やサザエでも構わない。干し貝の特徴は、カツオ節や昆布など一端取り出す「ダシ」目的のものと違い、干しシイタケと同じようにそのまま食べても美味しいものだ。つまり「ダシと具」の要素を兼務している。炊き込みご飯も生の貝より干し貝のほうが味は濃い。煮ればそのまま具になり、絶品の吸い物にもなる。野人の家には猪や鹿だけでなく、自分で作ったそのような食材が揃っている。干しタコ、干しナマコ、干しアワビなどだが、干しカニは・・まだない。干しアワビの味は・・そりゃあもう・・言いたくない。自分で作ってみればわかる。アワビでなくとも十分旨い事は確かだ。スルメイカももどしてイカ大根などの料理に使ってみると良い。焼いて食べるだけでは「アゴ」が疲れるだけだ。慣例や常識ではなく、食材の本質を見れば料理の幅が広がる事は間違いない。