見たこともないような華やかな大型クルーザーが島に来た。
ヤマハは小型艇は製造していたが、この大型艇はじいさんが個人で特注、ヤマハの工場で作らせた見事な1号艇で処女航海だった。
船長は屋久島のヤマハ船舶基地の課長で元はマグロ船の船長をしていた男だった。
東京水産大卒で口も滑らか、甲種船長の資格も持っていたからプライドも高い。
彼は港とは言えない切石の岸壁に接岸、そのまま停泊して夜はクラブハウスで寝ると言う。
今夜時化て来るから船に泊まり夜中でも出られるようにしておけ、ここでは耐えられないと言っても、「大丈夫」と言って聞かない。あちらは叩き上げのプロでこちらは新入社員だ。
威勢の良い男で高飛車に名前も呼び捨てにされていたし放っておくしかない。ここの猛烈な海を知らないのだ。
夜中に住友建設の坂井さんに起こされた。
海が時化て、船が岸壁に打ち当たり危ないと。
言わないことではない、バカバカしいが夜中の12時に切石港へジープで駆けつけた。
それほど大きくはないがうねりが入り、横波を受けた舟は大きく揺れていた。
岸壁に埋め込まれた鉄のハシゴが船の手すりと接触、手すりは無残にも破損していた。
坂井さんと二人で、クレーンのフックを引きずり、はしごに引っ掛けて引きちぎろうとしたが駄目だった。
坂井さんは住友の飯場へ戻り、アセチレンガス切断機を持ってきた。
それで焼き切ろうとしたのだが、酸素が入っていなかった。
波は荒くなり、舷側が岸壁に衝突し始めたのでやむなく「全員召集」をかけた。
船長は蒼ざめた顔をしていた。
ヤマハの威信をかけた新艇を処女航海で沈めたらそれこそタダでは済まない。しかも社長であるじいさんの船だ。
ヤマハと住友社員10人がロープに吊るしたタイヤをぶらさげ、船が岸壁に当たる瞬間に衝撃を和らげた。原始的だがこれしかない。
しかし永久にこんなことはやっていられない。波は高まるばかりだ。
「船を出せ!」と船長に言っても駄目だった。
今は傲慢ではなく、暗闇の中でリーフの水路から出る自信がないのだ。しかも大波だ。一歩間違えば座礁転覆が待っている。
弱気になった船長が無理だと言えば仕方ない、原始作業をやり続けるしかない。
皆、打ち上がる波でずぶ濡れになりながら続けた。そしてすぐに限界が来た。
風が強まり、うねりの高さは1m以上になり、船尾が音を立てて激突し始めたのだ。
船が壊れて沈むのは時間の問題になり船長は頭を抱えた。
彼を責めても仕方ない、同じ仲間なのだ。
ない知恵を絞って考えたらひらめいた。
その作戦を話すと、「えー!絶対に無理」、「不可能に決まっている」、「やめたほうがいい、死ぬよ!」と全員反対した。
「別に理論的にはそう難しいことでは・・」と言ったら、「そんなことが出来る奴など世界中探してもいない!」と全く信用がなかった。
しかしやるしかないのだ、他にとるべき道はない。
「お前らじゃない、俺がやるんじゃ!黙って準備せんかい!」
手分けして早急に準備を進めた。
いよいよ彼等が人間では絶対に不可能と言い切った「前代未聞」の船の救出作戦が始まった。