東シナ海流16 命がけの温泉 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

浜松からまたじいさんががやって来た。毎月の事だが今回は他に4人連れて来た。一人は40代の女性秘書で、一人はヤマハ直営のゴルフ場の支配人だった。目的はやはり釣りと温泉だ。初日は海が大荒れで、釣りはあきらめて温泉へ行くと言い出した。温泉のある作地浜も相当波があるはずだが、言い出したら聞かないのがじいさんだ。案の定うねりが高く白波が砕けている。船を寄せるのは危険極まりないが「やってみなくちゃわからないだろうが!」のじいさんにあきらめはない。いつもの岩には着けられず困り果てていたら「浜に乗り上げろ!」と言い出した。浜は高いうねりが押し寄せ、船が横になれば転覆の危険があり、人が降りられるような状態ではない。いつもは透明度の高い水は濁ってまったく底が見えない。そんな場所に船を寄せた事のない坂内さんに、「早くやれ!」とじいさんがせかす。たまたま音響測深機も故障していて、海底にどんな暗礁があるかもわからない。そこで坂内さんに小声で提案した。水深はそのつど潜って調べるから心配ない。上陸は不可能だがやらないとじいさんが怒る。絶対に船が転覆しない方法はアンカーと浜からのロープで真っ直ぐにして近づけるしかない。どうせ降りられないからやるだけやればじいさんもあきらめるだろう。浜には自分がロープを持って泳ぐからと。そう言って海に飛び込もうとしたら皆が止める。波が高いうえに濁り、おまけに先ほどからサメのヒレが見えていたのだ。数匹はいるようだが作地浜には元々サメが多い。ヒレからだいたいのサイズはわかっていた。2mくらいだからたいしたことないです・・と海に飛び込んだ。まったく水の中は見えないのだが潜って手がつけばだいたいの水深と底質はわかる。「5m、砂利!」と船に伝えながら近づけた。船尾からアンカーを打ち、船首からロープを投げてもらい浜まで泳いだ。思ったよりも相当波が高く着岸は絶望的だ。陸からロープを張って、船が浜から10mに近づいた時、大波が来て真横になった。船は大きく傾き相当浸水した。じいさんはついにあきらめた・・・と思ったら、また別のところからチャレンジしようとしていた。仕方なく船の近づく方向へと歩いて向かった。そこまでして温泉に入りたいのかと思うほど強烈なじいさんだ。

絶壁の横の少し波の陰になった小さな島のような岩に渡し、そこから岸へ飛び移ろうとしていた。相当危険な賭けだ。小島には5人渡れたのだが、そこからが問題だ。岸へ渡れたのはじいさんだけで他は取り残された。じいさんは自分一人で溶岩の岩をよじ登ろうとしていた。ゴルフ場の伊藤支配人が「ついて行け」と目で合図したのでじいさんのカバーに回った。高台まで来てじいさんが言った。「あの連中を何とかしてやりなさい!」。4人とも相変わらず岩の上で身動き出来ずに波にさらされていた。磯へ戻ると、伊藤支配人が波にさらわれ落水して岩の裂け目に吸い込まれたところだった。飛び込んですぐに潜り、髪の毛を掴んで裂け目から引きずり上げた。首の後ろから出血していたが大事には至らなかった。伊藤支配人はヤマハリゾートの社長になってからも「お前は命の恩人だ、お前がいなければ俺は間違いなく死んでいた」と何度も言っていた。「サメの群れの荒れた海に、裸で平気で飛び込む男はお前くらいしかいない」とも。

しかし・・じいさんは半端ではない。こんなハードで命がけの温泉なんて聞いたこともない。温泉は保養で入るものだ。

皆が悪戦苦闘している間、じいさんは一人で温泉に浸かっていた・・・・