十三に出かけた折り、商店街の外れにあるカレー屋に入ってみました。

スパスパスパイシーカレー。

このあたりには黄身ロールで有名な(?)ホルン洋菓子があったり、個性のある店が多いです。

で、食したのはスパイシーポークカレー。辛さは3辛。それぞれの種類のカレーによって辛さが決まっていて、辛さの調節はできません。つまり、このスパイシーポークカレーは1辛とか5辛では食べれないということです。うぅむ、この種類のカレーにはこの辛さが一番適切だとかいう判断基準があるんでしょうか。










か、かなり辛かったです。。。でも、美味しかったです。久しぶりに辛さで涙が出ました。
この辛さと美味しさによって、この日の案件がうまくいかなかった気落ちを切り替えることができました。

他日、他の種類のカレーにも挑んでみようかと思います。しかし、スパイシーチキンカレーの5辛はちょっとひるみますね。3辛のスパイシーポークカレーでもあんなに辛かったのに。。

梅田から阪急電車で一駅の十三界隈にあるので、スパイシー丸山さんが大阪に出張の折りには食していただいてその感想をブログで読んでみたいものです。。。(もしかして既に訪れているのかな?)
最近忙しくてやっていなかった内観を久々にやりました。
心の奥を探っていく作業は、精神的に疲労感があり、しばらくイライラ感が続くのですが、
心の奥底を改善していくので表面的な改善とは違って、根本的な効果が感じられることになっていくことが多いです。
といっても、周りの人からは全然わからないでしょうけど。

内観というのは、心理学で言うところのフロイト・ユング派の精神分析と同じようなものだと思うのですが、ユング心理学者の故河合隼雄氏は
「夢分析を使って精神分析をしていくと、必ずといっていいほどノイローゼになります」
と言っていましたが、その通りで、内観は精神的に疲れます。

ユング心理学の分析家になるには、まず自分自身が、自分の心を先達の分析心理家に分析してもらい、自分の深奥の心と向かい合っていく作業をしなければならず、教育分析というそうです。
クライアントを分析できるようになるには、まず自分の心の奥底と向き合う体験がなければならないというわけです。

そういえば、伊勢白山道氏は読者からの質問に答えてユングを霊視するとチベットの寺院が見えます、と言っていましたが、過去生かなにかでチベット密教でもやっていたんでしょうね。
だから、西洋人に似つかわしくなく東洋的に心の奥底を探る分析心理学を打ち立ててしまったんでしょう。

内観をする頻度は以前より少なくなっていますが、まったくなくなることはないんだと思います、生きてる限りは。
外面的な操作で改善する事象もありますが、内面的な変化を通じてしか改善しない事象ってやっぱりありますから。

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「人間は考える葦である」というけれども、
考えないでも人間でいられるんだなぁ、と思いました。

四六時中考えている人間って、意識の焦点が意識的にせよ無意識的にせよ、頭部にあてられているんだと思うんですけど、
意識の焦点を身体の正中部分の頭部以外に置くことによっても存在できるんだなぁ、と思いました。
つまり、思考をしないでも意識のありかを他の部分に置くことによって日常生活ができる。

このことへの着想は、高岡英夫さんの身体意識の概念がずいぶん助けになりました。

ユング心理学者の故河合隼雄さんが、「欧米人はビジョンを保つ能力が高く、対して日本人は腹で考えるんだ」みたいなことを言ってて、つまりそれは意識の焦点が置かれている部分が頭部よりも腹部に置かれている割合が高いということだと思います。

ホリエモンは腹芸ができないけど、三木谷さんはできる。そのことが現在でもハラ(腹)の意識を内包する日本社会での両者の明暗を分けたのかも。(あくまで一因。)
頭部よりも腹への意識の比重が多いのは、日本のみならず東アジア全般に言える(言えた)んじゃないかと思います。

例外は中国の客家(ハッカ)の人たちで、司馬遼太郎が『台湾紀行』で「客家は現実を客観視する。意識の視座が宙空にある。漢民族的現実主義から離れ、自分の視点を頑固に守る」みたいなことを言っていましたが、宙空にあるということはそのぶん頭部への意識も濃いと思うんですが、そのためか鄧小平、李登輝、こないだ亡くなったリー・クアンユーなど優秀な人が多い。
日中戦争でも中国共産党軍の将帥クラスの人には客家人が多かったみたいです。

話を戻しますが、
古来、日本では(おそらく東アジアでも)、武士階級とかでは行住坐臥おしなべて丹田に意識をおいて行動するを旨とする、みたいなことを何かで読んだんですが、
明治維新以降、知的作業に費やす割合が多くなり、腹よりも頭部への意識の焦点の移行がどんどん進んでいったんだと思います。

そのような無意識レベルでの意識の在り方の変遷も、高岡英夫さん(に限らず似たようなこと言ってる人はたくさんいると思うが)の提唱概念によって、客観的にとらえることができるし、それによって救われる人もいるんじゃないかと思います。

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