アランさまと歴史、両方楽しめるという夢のような春の藤原まつり。
5月3日の思い出の続き。
白馬に乗ったアランさまは、私の方を見ぬまま行ってしまわれた。
でも、馬上のアランさまは優雅だった。
初乗馬らしいけど、背筋を伸ばし、笑顔で手を振っていらっしゃった。
あ、今ふと思った。
手綱を持つのは左手、とすれば、手を振るのは右手。
私は馬の左側にいたのだけど、もしかして、右側の方に手を振りやすいのではなかろうか?
馬の右側の方が顔を向けてもらいやすい?
今後の課題だな。
ああ、写真撮るか手を振るかどっちかに集中すればよかったなぁ。
写真はブレブレばかりだし。
「アランさまー」って呼ぶ声は小さかったし。
ネクロム振るのも半端な状態になってしまった。
心の叫びを聞いてっ!
行列が行ってしまうと、境内はあっという間に通常に戻される。
行列を追う人たちは出ていき、新たな観光客がぞろぞろ入ってくる。
さすが、世界遺産平泉。
祭りに関係なく、人は来るのだろうな。
私は、アランさまを追うかどうか迷ったけど。
やっぱり歴史も堪能したいのよ。
行列出発したのが1時半。
金色堂奉排が3時20分らしい。
途中の史跡ふらふら見ながら、3時ぐらいまでに金色堂前に行ければいいのではないか。
場所取りしながらアランさまを待てばよかろう。
そんなふうに考えた。
そして、毛越寺にお参りし、庭園を眺め、そろそろ行こうかなと門のところに来たとき。
そこに、御朱印授与所があった。
「御朱印帳は参拝の前に預けてください」と書かれてある。
しまった、御朱印のことすっかり忘れてた。
場所取りしようと、急いで入っちゃったからね。
それでも、この時点で時間には十分余裕があった。
長野ですっかり御朱印ガールになっていた私は、ぜひ平泉でも御朱印をいただきたかったのだ。
御朱印帳を預けると、「参拝が終わってからとりにきてください」と言われた。
そこで、もう一回お参りし、今度は線香も焚いてみた。

このお舟にアランさまが乗ってたんだよー。
御朱印所に行ってみたのだが。
私の御朱印帳はまだできていなかった。
その後、宝物館見たり、茶店をのぞいたり(満席で座れなかったけど)
境内をうろうろしながら何度か御朱印所をのぞいたのだが。
やっと御朱印をいただけたのは、2時半近くだった。
皆さん、御朱印は参拝の前ですよ。
それでも私は、まだ余裕があった。
隣の観自在王院跡をながめつつ。
中尊寺月見坂までは約30分てとこか?
史跡は後回しにして、まっすぐ中尊寺行こう。
そうすれば、金色堂前で場所取りぐらいできるのではないか。
地図を頼りに中尊寺に向かう。
せっかくの歴史の地だけど、ちょっと足早に。
しかし、途中の神社の前で、急に「御神楽見ていきませんか」と声をかけられた。
呼ばれたってことは、御縁があるのではないか?
せっかくの歴史の地平泉だもんなぁ・・・
私は、寄り道をすることにした。
熊野三社にて、御神楽を見る。
よくわかんないけど、八重垣の歌うたってたみたいだから、あれ須佐之男命なのかなぁ。
謂われもわからないまま、迫力の舞を見ている。
もちろん、神社にちゃんとお参りもしたし。
ちゃっかり御朱印もいただいた。
しかし、御神楽終わらない。
そろそろ不安になってきた。
名残惜しいけど。
本当に申し訳ないのだけど。
御神楽終わらないのに出てきちゃったよ。
しかも、「アランさまをもう一度ちゃんと見たいです」なんて願い事までしてきてしまった。
中尊寺への道を急ぐ。
途中、帰り道と思しき人たちとぞろぞろすれ違う。
空の馬を引いた人たちともすれ違う。
(乗りたいなぁ・・・)
ああ、行列はもう完全に終わったんだなぁ。
中尊寺参道月見坂に到着。
弁慶の墓って看板見えるけど。
ごめん弁慶殿、また後でね。
ここからは、坂道がきついのだ。
金色堂まで約700メートルとか。
息を乱し、なりふり構わず上る。
道々弁慶堂やらそれこそ中尊寺本堂とかいろいろあるけど。
今はごめんなさい。
アランさまのために、金色堂目指し前に進むしかない!
果たして私はアランさまに再び会えるのか?
つづく




