その上だいしょうにんさま

「今24歳のうえ殿どのが、しょうがいどれほどの大きな奉公ほうこうをする大人材だいじんざいなのか。
 この大人材を、ここで命をうしなわせてはなるものか」

という「何としてもなんじょう時光ときみつを救う」というこの一念いちねんの御言葉が、やまいをもたらしたじん(『じん』というのは、今で言えばウイルスですよ。重病じゅうびょうを起こすウイルスです。これは、餓鬼がきかい所属しょぞくですからね)に対してだいしょうにんさまだいしっされる(おしかりあそばすんです)。それが次の御言葉ですね。

 「またじんめらめ、ひとなやますはつるぎさかさまにむか」

 「この大事なうえ殿どのを悩ますお前たちは、つるぎを自分自身が逆さまにんでいるのか」

 「まただいいだくか。さんじゅっぽうほとけ大怨敵だいおんてきとなるか」

 「つるぎみ、みずから火をいだき、さんじゅっぽうの仏の怨敵おんてきとなるつもりか」

 で、じんめにすすめられて

あなかしこあなかしこひとやまいたちまちなをして、かへりてまほりとなりて、どうだいくべきか」

「よくかんがえよ。このうえ殿どのやまいをたちまちに治して、かえってうえ殿どのの守りとなって餓鬼がきかいの苦しみをいたらどうであろうか」

なくして現在げんざいには頭破ずは七分しちぶんとがおこなわれ、しょうにはだいげんごくつべきか。
 ながとどめよ。ながとどめよ。日蓮にちれんことばいやしみて後悔こうかいあるべし。後悔こうかいあるべし」

「もしそうではなくてじんめが、なおうえ殿どのを苦しめて命をうばう事があるならば、現在げんざいには頭破ずは七分しちぶんの罰があるであろう。しょうにはじんめらがだいげんごくに堕ちるであろう。
 この言葉をながとどめよ。ながとどめよ。日蓮にちれんことばいやしみて後悔こうかいあるべし。後悔こうかいあるべし』

 このながとどめよ。ながとどめよ。後悔こうかいあるべし。後悔こうかいあるべし」と2度も繰り返されてじんだいしっあそばした。
 そして

ほうぼうくだす」

うえ殿どのそばについておられる日興にっこうしょうにんにこのお手紙をつかわして、これをうえ殿どのかせたんでしょうね。

 で、有難ありがたい事に、このだいしょうにんさま一念いちねんに守られて、せんをさまよったうえ殿どのはまもなく元気になった。そしてそれから51年の寿命をいただいた。まさに「きょう寿じゅみょう」でしょう。
 この51年というのは、だいしょうにんにゅうめつ後の51年であり、日興にっこうしょうにん日目にちもくしょうにんのその御化ごけどうすべてであります。

 この間、日興にっこうしょうにん日目にちもくしょうにんにおつかえして、あの冨士ふじ大石たいせきこんりゅうせられて、広宣こうせん流布るふいしずえきずかれたというのがうえ殿どの奉公ほうこうであります。
 大福運だいふくうんちょうじゃになったのは、このお若い時の命かけての奉公ほうこうの現のほうであります。
 私はこの姿を見て『ああうらやましい』と思うんですね。
 おん元初がんじょじゅ用身ゆうじんが末法にしゅつげんあそばす。その仏様に直接おつかえになって大事な奉公ほうこうをされた。
 このうえ殿どの奉公ほうこうはまことにとうといものだと思います。

 同時に、今私達は宿しゅくえんつたなくして、後世こうせいに、まっに生まれたわけでありまするが、しかし今、こうの前夜であります。
 だいしょうにんさまが思いを込められた広宣こうせん流布るふの前夜に、今私達は生まれ合わせる事ができた。
 そして、何も知らない日本国中の人達に「お題目だいもくを唱えなさい」こういうしゃくぶくを四方に進める事ができるし、ぼうこく国の道をひた走る国家をいさめ、そして、遺命ゆいめいを投げ捨てた宗門をいさめる。『この奉公ほうこうができるたちは何と有難ありがたいのか』と思うんですね。
 さあ、大事なこう前夜の毎月の法戦ほうせん、この4月も今日より3日間でありまするが、どうか一つ、明るく堂々とごころを尽くし切ってだいしょうにんさま奉公ほうこうを尽くそうではありませんか。


平成20年 4月27日 浅井先生指導