「先度強敵ととりあひについて御文給いき。委しく見まいらせ候」と。
「先頃『強敵と渡り合った』という事について報告の手紙を頂いた。詳しくその手紙を見た」
「さてもさても敵人にはねらはれさせ給いしか」
この「さてもさても」という御言葉の中に大聖人様の万感の思いがこもってるんですね。
「『前々からこのような事が起こるのではないか』という事で心配しておったが、とうとうついについにそのような暗殺の計画が行われたか」と。
「前前の用心といひ、又けなげといひ、又法華経の信心のつよき故に難なく存命させ給う。目出たし、目出たし」と。
大聖人様は前々から「このような事が起こるから用心をしなさい」という事をずーっと御指導されておられたんですね。
それを四条殿は非常に固く守りましてね、表でお酒を飲む事を一切しない。
そして、出仕の行き帰りも、余名までつけておったんですね。そういうように、用心深くふるまっておった。
また「けなげといひ」という事は
「そのような陰湿な謀略に対して、四条殿は少しも弱気を起こさずに、健気に振る舞っておった」
という事であります。
「何よりも何よりも、御本尊様を強く信ずる故に、大難を乗り越える事ができたのである。まことに目出たい目出たい」
と大聖人様は心からお喜び下さっておられるのであります。
そして
「夫れ運きわまりぬれば兵法もいらず。果報つきぬれば所従もしたがはず。所詮運ものこり果報もひかゆる故なり」
「もし福運がなくなってしまったならば、いかなる兵法も役に立つものではない。
また果報が尽きてしまったならば、家来であっても従わなくなってしまうものである。
所詮、信心の功徳によって四条殿に福運も残り果報も具わっているが故にこの大難を乗り越える事ができた」と。
これを大聖人様は「諸天の働きである」という事を細かくご説明下されております。
そして
「これにつけてもいよいよ強盛に大信力をいだし給へ。我が運命つきて『諸天守護なし』とうらむる事あるべからず。
将門はつはものの名をとり兵法の大事をきはめたり。されども王命にはまけぬ。はんくわひ・ちょうりょうもよしなし。ただ心こそ大切なれ」と。
「そして、この大難につけても、いよいよ強盛の大信力を取り出だしなさい。
まだまだ敵は狙うであろう。だから、絶対に信心の油断があってはいけない。強盛の大信力を出だし給え」
と仰せになっておられる。
もし、我が運命が尽きて敵にやられて「諸天は守護しないではないか」などと恨み言を言ってはいけない。
これはもう、竜の口で命を惜しまない四条殿に対して、なおこのように「信心を強く」という事を仰せられる。これが大慈大悲なんですね。
人間は油断をする事がありますから、このような大難を乗り越えたとたんにはっと油断をする事がある。それを大聖人様は御警告あそばした。
「将門はつはものの名をとり兵法の大事をきはめたり。されども王命にはまけぬ」
平将門というのは関東一円を従えた中世における大武将ですよ。
そして「自分の王国」とまで言っておった。
「そういうような兵法の大事を極めた英雄が、朝廷の命を受けた軍が押し寄せてきた時にははかなく破れてしまったんだ」と。
中国の英雄樊噲・張良というのは有名な2人でありまするが、このような武芸者であろうとも、福運が尽きれば何らその武芸が役に立つものではない。
ゆえに
「ただ心こそ大切なれ」
「御本尊を信ずる力の強い事によって、諸天が不可思議に守護するのだ。だから御本尊を信ずる心が大切なのだ」
という事であります。
平成21年 8月2日 浅井先生指導
- 四条金吾殿の身に起きた大難の数々
- 福運が尽きればいかなる対策も役には立たない
- 何の兵法よりも法華経の兵法を用い給うべし