そして、第四の法難が竜の口の頸の座と引き続きなされた佐渡御流罪です。これは一つですね。
日寛上人がおっしゃるには「竜の口と佐渡を分けてはいけない。竜の口から佐渡は一つの大法難なのである」と。
この竜の口の大法難と佐渡御流罪こそ大聖人様がお受けになった法難の中の最大であります。
竜の口の頸の座は国家権力による死刑罪であるからこれを逃れる事は絶対にできない。
だが、大刀一閃、まさに振り下ろされんとした時に思議を絶する事が起きた。
その状況は大聖人御自身の御筆でもって著わされている事まことに有難い事ですね。
伝説ではない。大聖人御自身の御筆でその事を留め置かれております。何とおっしゃっておられるか。
「江の島の方より月のごとくなる光り物まりのやうにて辰巳の方より戌亥の方に光り渡る。
十二日の夜の明け暮れ、人の面も見えざりしが、物の光り月夜のやうにて人々の面も皆見ゆ。
太刀取り眼眩んでその場に倒れ伏し、つはものどもをぢ恐れ、興さめて一町ばかり馳せ退き、或は馬より下りて畏まり、或は馬の上にてうずくまる者もあり」
こう仰せになっておられる
このように、御頸まさに刎ねられんとした時、突如として暗闇の中から巨大な満月のごとき光り物が出現した。
その光がいかに強烈であったか。
太刀取りは強豪な男でありますが、その強豪練達の太刀取りが眼眩んでその場に倒れ伏してしまった。
そして、周囲を警護していた大勢の兵士達も一斉に逃げ出してしまった。
馬上の武士達も馬から降りてかしこまり、あるいは、馬の上でもってうずくまってしまった。
もう頸を切るどころではないですね。全員が恐れおののいた。
一人刑場に座し給う大聖人様は厳然と叫ばれた。
「いかにとのばら、かかる大禍ある召人には遠のくぞ、近くうちよれや、うちよれや」と。
だが、一人も近寄る者はない。大聖人様は再び大高声で叫ばれた。
「頸切るべくば急ぎ切るべし。夜明けなば見苦しかりなん」
「頸を切るなら急ぎ切れ。もし夜が明けたら見苦しいであろう」
とこう死刑を催促されたんです。
だが、返事をする者もない。全員が腰を抜かしてへたり込んでしまった。
まさしく、国家権力がただ御一人の大聖人様の御頸を切る事ができず、その絶大威徳の前にひれ伏してしまったのであります。
そしてこの時、大聖人様は宇宙法界を自身と開く久遠元初の自受用身となり給うて成道を遂げられ、末法下種の本仏と顕われ給うたのであります。
新・新潟会館御入仏式 浅井先生指導