永代神楽祭(令和5年)・後編 | 神産巣日神(かみむすびのかみ)のブログ

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古来、日本では、「愛」と云う字を使わないで、「産巣日(むすび)」と言いました。「むすび」と云う言葉は、「愛」と云う言葉よりも非常に深遠な意味を含んでいるのです。ときに、神産巣日神は「造化の三神」の内の一柱の神であり、獨神(ひとりがみ)で御座います。唯々感謝。

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 (半角で 6万文字以内という字数制限に達しましたので、こちらのブログ記事に 前回 すなわち 1月29日(日)の「 永代神楽祭 えいたいかぐらさい (令和5年)・前編」のブログの続きを記させて頂きます。前回のブログから 話が つな がっておりますので、前回のブログも 御覧頂きますと おわかり頂け易い と存じ上げます)

 

 そして、その漢字にちな んだ 話しであります。すなわち、去る 昨年の9月1日(木)の「菜食のおかず・151(買い物)」のブログの中段やや下に、

「(前略)誠に有り難いことに、小学校低学年のときに 母親に お寿司屋に連れてってもらったことがありました。それで、その お寿司屋の 湯呑ゆのみ茶碗には、沢山たくさんの魚編の漢字が書かれてありました。そこで、その湯呑ゆのみ茶碗に書かれてある 魚編の漢字を すべて覚えたいと思ったことがありました。(後略)」と記させて頂きました。

 

 さて、去る 8年前の1月30日(金)の「永代神楽祭えいたいかぐらさい」のブログの中段やや下に、

「(前略)一人ひとりで 靖国神社に向かうために、J.R.線に乗りましたら、誠に有り難いことに、男子学部4回生のかたから声を掛けられました。こんなことは、一生の間に 一人ひとりかたについて一回あるかないかのこと、と話しましたら、うなずいてくれました。そこで、これから靖国神社の永代神楽祭に行くむねを話しましたら、吉祥寺の教会にいくつもりであったが、また行けるので、一緒に同行してくれるとのことでした。勿論もちろん、無理はしないように、と伝えました。乗り越し分の交通費は負担させて頂きました。ちなみに、聖書を全部読みたいとのことでした。

 そして、『きけ わだつみのこえ―日本戦没学生の手記』の本(岩波文庫)の話しになりました。学徒出陣の歌が御座ございますが、学徒出陣した戦没学生の方々かたがたの手記が記されている感動的な本です。(但し、誠に遺憾なことに、大東亜戦争に対して 否定的な 文章もあります)

 このかたは、この本を読んだが、学徒出陣はしたくないとのことでした。現在の日本人の学部生の方々かたがたが共通して思っておられることであるか、と思われました。

 日本国民にとりまして、まもるべきものがある場合の価値観が関わって参ります。日本国民が、国家を愛して国家をまもるために戦いました。その戦いという行為は、相手があり 相対的なものであるから、各々おのおのの立場の異なる人々によって、その価値 もしくは 不価値をいろいろに評価されるけれども、その戦いという相対的行為の奥にあるところの、日本国民が 天皇を愛し大日本帝国を愛したという、その純忠なる愛の価値は相対的価値を超えた絶対的なものでありますから、肉体という相対的存在が滅びても、永遠にその愛の価値が滅びることは無いので御座ございます。

(中略)

 男子学部4回生のかたの話しに戻りますと、このかたの卒論のことは心より祈らせて頂いておりました。卒論の中間発表が終わり、その後担当教官の指示が変更になったとのことも伺いましたが、卒論提出も み、明日(本日のこと)、10分間の面接があって最後とのことでしたので、安堵致しました。

 昨年夏、卒業前祝いとして、このかたが希望していた仏教辞典・第二版を贈りました。昨日は、お祝いに食事を御馳走致しました。靖国神社境内の遊就館に隣接する茶寮で、このかたは、海軍カレー・サラダ付、たこ焼き、そして、三ツ矢サイダーのセットを注文しました。御承知のように、当方は菜食なので、外出するときには、玄米を持って行きます。勿論もちろん、茶寮内で頂くことは致しません。ちなみに、遊就館は次回入館したいとのことでしたので、無期限で使える入館券を2枚渡しました。誠に有り難いことで御座ございます。

 吉祥寺の某・パン屋でアルバイトをしていたが、クビになったとのことでした。それでも、研修中のアルバイト代はもらえたとのことでした。伯父はパン屋で修行していたと前述致しましたが、このことを連想しました。(後略)」と記させて頂きました。なお、上記の家政婦にも、遊就館の無期限で使える入館券(遊就館拝観券)を 2枚渡しました。しかも、その入館券の使いかたの説明もしました。すなわち、遊就館の受付で、自動改札機を通ることが出来る 入館券と交換するのであります。

 ならびに、去る 昨年の5月15日(日)の「収骨(分骨)(父親)続報2・後編」のブログの下段に、

「(前略)帰りに 家政婦が 何か 食べていきたいとのことでした。それで、いろいろ探しましたが、家政婦によりますと、その某・喫茶店でいいとのことでした。それで、上記のように 当方は 外食しないので、家政婦のみ 二人ふたり分 注文しました。すなわち、家政婦によりますと ホット ドックがいいとのことでしたので、¥490円(税抜ぜいぬき)のそれと ¥200円くらいのアイス コーヒーを注文しました。ちなみに、家政婦は D.M.なのに、アイス コーヒーのために ミルク と ガム シロップを 2個も入れていました。(後略)」と記させて頂きました。この家政婦と上記の家政婦は、同一人物であります。ちな みに、この収骨(分骨)のときと同様に、参集殿から出ましたら、その家政婦が 何か 食べていきたいとのことでありました。それで、上記と同様に、家政婦のみ 食べることになりました。すなわち、海軍カレーであります。なお、その家政婦によりますと、あっさりしていて 小麦粉を使っているとのことでありました。勿論もちろん、カレー粉は 使われていますね。それから、その家政婦によりますと、気の抜けた味とのことでありました。しかも、その家政婦によりますと、具が 小さく 切ってあるとのことでありました。それで、当時の作りかたを参考にしているので、海軍軍人の消化の よいように 考えられているのでありましょうと回答しました。なお、山本五十六によりますと、戦艦 長門の料理は 美味おい しいとのことでありました。ついながら、上記の 男子学部4回生のかた そして 母親とも、その海軍カレーを食べることに 付き添いました。ちなみに、当方は、飲み物などの接待をしました。なお、このことが 英霊の方々かたがたの供養につな がると思われました。すなわち、英霊の方々かたがたに 御一緒に 食べてもらっているのでありますね。ついながら、その家政婦が コーヒー フレッシュ(英語: creamer)(コーヒーなどに加える小型のクリームを意味するポーション クリーム[和製英語: potion cream]のこと)を 1個 使いませんでした。それで、勿体もったいないので 返そうと思い 伝えましたら、その家政婦によりますと 食器皿に置いておけば 再利用してくれるだろうとのむねでありました。それで、その言葉にしたがいましたが、見ていましたら 店員は その食器皿の上のあるものを そのまま ごみ箱に捨てていました。ちなみに、食べ終わったあとに その家政婦によりますと、「一人ひとりで 食べて みません。」とのことでありました。

 

 

その家政婦  一人ひとり分の海軍カレーの領収書

 

 

海軍カレーについて

 

 

 

 および、その海軍カレーの話しから、バーモント カレーの話になりました。そして、以前 姉も レトルトは 好ましくないと言っていましたし、レトルト カレーは 好ましくない との話をしました。ちな みに、メニューとしては、その海軍カレー と 「靖国名物」玉子丼がありました。それで、その家政婦によりますと、何でも 「靖国名物」にしているとのことでありました。なお、誠に有り難いことに、雲 ひとつない 快晴であることを その家政婦に伝えました。ついながら、以前は ¥100円を支払って 白鳩に えさを あげることが出来るようになっていたのでありますが、今では 白鳩もませんでした。

 

 なお、故 石原慎太郎氏は 生前 すなわち 一昨々年さきおととし つまり 令和2年8月15日に、「首相は 当たり前だけど、天皇陛下に参拝して頂きたい。何故なぜ 参拝してもらえないのか」と訴えていましたね。

 

 ときに、去る 8年前の11月28日(土)の「神在祭かみありさい」のブログの上段に、

「(前略)ここから、出雲大社まで バス(英語:bus)で通いました。バスの所要時間は 約30分であり、片道の運賃は、510円でした。『神在祭かみありさい』のときですので、車内は一杯でした。天気は あいにくの雨でしたが、誠に有り難いことに、季節は11月であるものの それ程 寒くはありませんでした。母親も、そう言っていました。誠に有り難いことに、バスの車内で 母親の手助けをしてくれるかたが見えましたので、感謝の印として このかたの バスの運賃を負担させて頂きました。(後略)」と記させて頂きました。

 なお、往路の電車内のことであります。すなわち、ここまでは、家政婦のみ すわれていました。ちなみに、当方は、いつも 電車内では 立つことにしています。

 ところが、J.R.中央線で 初めて 立たなければならなくなりました。それで、二人ふたりで 立っていますと、誠に有り難いことに、女性のかたが 家政婦に 席をゆずってくれました。それで、おれいの言葉を伝えました。そして、つぎの駅で 席がきましたので、その女性のかたすわってもらいました。しかも、降りるときにも、合掌して 感謝の気持ちを伝えました。

 

 ならびに、去る 7年前の10月7日(火)の「日本人の心情」のブログ の中段やや上に、

「(前略)平成7年と翌8年の2年間、誘われて、精神分析(心理学)セミナーに参加したことがあります。(後略)」と記させて頂きました。この精神分析セミナーのときに、同じ市に住んでいる 盲目の男性心理士の介護をして 電車に乗りました。ちな みに、J.R.信濃町駅から 国分寺駅まででありました。なお、その盲目の男性心理士は、必ず J.R.三鷹駅で 1区間でありますが、国分寺駅まで 中央特快に乗るように 指示しました。それで、今回も、そうしました。

 

 なお、時間がかり、家政婦には 金7,370円という 余分な 手当てを あげなければなりませんでした。

 

 ところで、駅までは 往復 自転車でありました。ちな みに、駐輪利用券は ¥100円でありました。なお、家政婦にも、自転車を駐輪するために ¥100円を手渡しました。

 

 

永代神楽祭(令和5年)

駐輪利用券

 

 

 

 (義務教育の方々かたがたに 美しい日本語を 正しい読みかたで 御覧頂こうと思いまして、当初から 振り仮名ふりがなを付けております)

 本日も、最後 まで お読み頂き、誠にありがとうございました。唯々感謝。(^-^)