今回はシゴトで起こった、トラブルの話。
愉快な内容とは言い難いうえに相当な長文なので、興味の無い方は読み飛ばしてください。
今週月曜日、俺がかつて勤めていた職場にいる、小久保さん(仮名)という人が訪ねてきた。
用件は、「毎年点検委託をしていた備品が(備品Bとしておこう)、物品管理データに無いことが判った。つまり現存するはずの備品Bを勝手に廃棄したことにした人間がいる。ちょうどケーンさんが在籍していた時に廃棄手続がなされているんだが、何か事情を知らないか」というものであった。
もちろん存在しないはずの備品に毎年経費を掛けて点検委託していたとなれば、これは不適正な支出をしていたということで大きな問題だ。
「同じ品目の備品Aについては、確かに俺が担当して処分した記憶はあるし、処分業者に引き渡しもした。しかし備品Bについては全く記憶に無いですね」と、俺は正直に答えた。
ところがなんと、小久保氏いわく、
「いや、備品Aもそうなんだが、備品Bについても君が起案した廃棄手続の証拠書類が残ってるんだ」とのこと。
これにはビックリ。本当に記憶に無いのだ。だが、書面が残っているのであれば間違いは無いのだろう。
今回のパターンとは逆に、処分が済んでおり既に存在しない備品を、データから削除せずに放置する人もおり、そうした場合にはあとでデータ上でのみ削除する、そうした事務処理を行なう場合もある。
くだんの備品Bについても、現物が無いと勘違いして俺がデータ削除の手続を踏んでしまった可能性は否定できない。
備品の廃棄手続は年間数十件にのぼる事もあるのだから、記憶から漏れることもあるだろう。
そう伝えると小久保氏は得心した様子で、自分の職場に戻っていった。
その職場には俺と同期に採用された女性が勤務しており、小久保氏が戻ってほどなく、彼女からメールが飛んできた。
「今回の備品Bの件、あんたが勝手に処分手続を取ったということで経過を残して、今後も引き継いでゆくってことになってるんだけど、それでイイの!? そもそも備品Bみたいな大きな物、なんで現物が無いなんて思い込んだの!」
「さっき小久保さんには言ったんだが、そんなことをした記憶は無いんだ。ただ、俺が起こした文書が残ってるってんだから仕方ないだろう。他の物品と一緒にデータと突き合わせをした際に、うっかりやってしまった可能性も否定できんからな」とだけ返信しておいた。
その後、時折この件を思い出しては考えを巡らせたのだが、やはり自分がやってしまったという記憶には思い当たらなかった。
そうするうちに、違和感を覚えた。
そもそも俺が起案したという文書が残っているのであれば、どうしてわざわざ俺のもとを訪ねてきて聞き取りをする必要があったのか。
その文書のコピーを保存しておき「このとおり当時の担当者であるケーンが誤った事務処理をしておりました」とでも経過を残しておけば、それで済む話ではないのか。
たしか小久保氏はその職場では備品管理の担当はしていないはずだ。
もしかしたら、備品Bの処分手続をしたのが誰か判らず、経緯もハッキリしないので、小久保氏が良い格好をして「じゃあ俺が当時在籍していたケーンさんに訊いてきてやろう」とでも言い、有りもしない文書の存在を盾にして、俺がやったという言質を取り、それで事を済まそうとしたのではないか。
もしそうであれば、これほど人を馬鹿にした話はない。
そこで先日、小久保氏にメールを打った。
「こないだの備品Bの件ですが、やはりどうしても思い出せません。私が起案したという文書があるとのことでしたので、一式をPDFファイルにして送ってもらえませんか」
しばらくして返信が。
「先日はお邪魔しました。あの件はもう済みました。今度お会いしたら経過を説明しますね。お世話になりました」
おいおい。「もう済みました」「お世話になりました」じゃないだろう。そこで疑念が確信に変わった。
再度メールを打った。
「いやいや。こちらも、自分が作成した文書があるのであれば、という前提で回答したんです。確認したいのでPDFファイルをお送りください。中身だけでなく、起案した私の名前が載っているページもです」
すると来た返信が、
「起案の原議はありません。この文書をもとに尋ねました」というもので、添付されていたファイルは、その職場の備品データをただプリントアウトしたもの。
これでは誰が廃棄手続を取ったかも判らないだけでなく、そのデータでは備品Bの処分日が、俺がその職場に赴いて2ヵ月後の6月1日付けとなっており、そうすると年度替わり直後の4~5月に周りに聞き取り調査をしなければならず、転勤してきたばかりの人間が、そんな繁忙期にそんなことに着手しはじめることは絶対に有り得ない。
この業務の経験があれば解ることだ。
要するに小久保は、俺のお人好しに乗じて、有りもしない文書の存在を持ち出して俺のせいにしたのだ。
目も眩む怒り、というものを感じた。
「おまえはバカをだましたっ!!」
気持ちは、人の好さにつけ込まれて家をだまし取られた「空手バカ一代」の主人公、大山倍達先生である。
俺もお人好しのバカなので、人に騙されることが少なくない。
さすがに鉄拳制裁を加えるわけにはいかず、すぐさま受話器を取り、小久保氏に電話を入れた。
俺が作成した文書が残っているなどとウソをつきやがって。だったら、そもそも話の出だしも結論も違ってくるだろう!
こちらが分らないだろうと高をくくって、存在もしない文書があると騙して証言を迫るとは、あまりにもやり方が汚い。卑怯だ。
そんな悪質な方法で俺を貶めてまで、あんたはそっちの職場で良い格好をしたかったのか。
自分が問い詰めたらケーンは自分がやりましたと吐いた、とでも経過を残して、この問題を終わらせようとしたのか。
本当に汚い。絶対に許さんぞ!
およそ10分にわたって、声を張り上げて彼を罵倒し続けた。
驚いたことに、小久保は「君が作成した文書が残っている、なんて言っていない」と言い出した。
あのとき一緒に聞いていた人がいるだろうが、と言うと「そんなつもりで言ったんじゃない」ときた。
この嘘つき野郎、もう完全にアウトだ。
最終的には何度も謝りだしたが、誠実さは感じられず、俺の怒りが一向に収まらないので、仕方なく詫びているという印象しか受けなかった。
もしも謝罪の言葉が無ければ、「謝り方を身体で教えてやろうか!」となるところであったが。
じつは小久保、俺の現在の職場にも在籍していたことがあり、面倒見の良い年長者といったイメージで、いまだ彼を憶えて慕っている人も多いのだが、そんな人に向かって俺が罵倒し続けているので、周りの全員がドン引きしてしまった。
電話を切ったあとは、まるで腫れ物のような扱いだ。
その後、向こうの職場にいる同期採用の女性からメールが来て、「先日はあなたの怒りをあおるようなメールをしてしまい、申し訳ありませんでした」ときた。
激怒している自身の姿を、おどおどと遠巻きに見物されているような居心地の悪さを感じずにはいられないが、こちらに非があるわけでもナシ、まあいいだろう。
悪意のある相手に怒りをぶつけるのは決して悪いことではあるまいからな。
空手バカ一代のモデルになった極真空手の大山倍達先生も、この話を聞いたら、きっとこう仰るに違いない。
きみの名誉を傷つけるようなヤツは、のばしてしまえ!
ところで備品Bの取扱いが、その後どうなったのかは聞いていない。
もうどうでも良いことだ。