まっすぐな生き方/木村 耕一


読んだ本:『まっすぐな生き方』 

著者:木村 耕一

出版社:一万年堂出版

読んだ日:2010/7/13~7/14

ページ数:296頁


まとめ:

これは、凄い本。

こんなに感銘が連続した本は初めてかもしれない。


これまた、通学中の電車内で読んだのだけれど、

感銘しすぎて、「ふむふむ、ふむふむ」と頷きながら、すごい眼力で字を追っていた。

私、気持ち悪い。

けど、もうこの際、失態醜態なんて気にしない。


今まで、自伝や伝記はあまり読んだことはなかったのだけれど、

これから、ハマりそうだ。

精一杯、誠実に生きてきた人々の人生を、味わい、噛み締め、そこから、人生の理を学ぶ...

今まで、そうしてこなかったこと、

そして、自分が知らないまっすぐな人生が本に収められて存在していることが、

悔しくて、嬉しくて、溜まらない。




本題...

18人の偉人たちの感動溢れる43のエピソードが収められている。

坂本龍馬やエジソンなどの有名どころから、あまり知られていないような方々の人生が、

実に分かりやすく、著者の味わい深い文体で書かれており、

次へ次へとページを進ませたくなるような、無駄のない充実した展開となっている。


また、内容が圧倒的に良いことも然ることながら、“本”自体が良い。

一つの作品として、作り手の心意気の良さが伝わってくる。

全編カラー刷りで、所々に見開き2ページを使用した美しい風景写真や、

木村泰山氏による14もの書などが入っており、華美でありながら、

著者や作り手の質実剛健な姿勢が感じられ、実に良い心持ちにさせられるのだ。


正直、私は今まで、歴史に興味があまりなく、

「忠臣蔵」や「平家物語」、坂本龍馬、諸葛孔明のことは、名前だけしか知らなかった。

しかし、この本で紹介されている数々のエピソードを読んだことで、

“歴史好き”の気持ちがわかった気がする。

もし、小学生のときに、この本に出会っていたら、

私の歴史の成績はもう少し良くなっていたかもしれないし、

今頃、“歴女”になってたかもしれない。



勇ましさ、努力、正直、信義、武士道...

歴史に名を残した人々が持つ気質は、現代に生きる私にとって魅力的すぎるほどカッコいい

こんな時代を生きる我々だからこそ、

彼らの残した勇ましい“生き様”は、見倣うべき大切な遺産だと思う。



数ある素晴らしいエピソードの中で、今の自分が特に感銘を受けたのは、

災難に屈せず、『大漢和辞典』を30年かけて完成させた諸橋轍次氏と鈴木一平氏の話だ。

読んでいる間中、手に汗握り、唸りっぱなしだった。

30年、である。

30年もの月日を、天下との公約のために、想像を絶するような尽力をし、

そして、成し遂げた。

“必ず『事は成る』”

諸橋氏の生き様によって証明されたこの言葉に、私は絶対的な確信を得た。


人の行いも人生も、人が裁くのではない。

天が裁くのだ。

誰が見ていなくても、人に評価されなくても、

他の利のために、誠実に正直に一貫すれば、必ず、必ず、事は成る。

この本に登場する偉人たちは、そんな人生の理を背中で教えてくれている。


大切な人の大切な日に、送りたい本。

ボロボロになるまで、読み続けたいと思う。












ありがとうございました。

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対岸の彼女/角田 光代


読んだ本:『対岸の彼女』 

著者:角田 光代

出版社:文芸春秋

読んだ日:2010/7/9~7/12

ページ数:288頁


まとめ:

普段、現代の小説はあまり読まない。

ましてや、女性作家の小説は、なぜか敬遠してしまう。

現代の小説だったら、ドラマや映画で代替できると思うし、

女性が書いた小説は、女性特有の爽やかではない心象描写が、どうも受け入れ難い。


というのは、私の偏見だった。

角田光代さんの『対岸の彼女』を読んで、女性作家の現代小説の良さをしみじみと思い知らされた。

文字でしか伝えられない心の“あの感覚”や、女性社会の複雑さ...

女性であるからこそ、現代に生きる人間であるからこそ、深く共感し、感じ入るものがあったのだ。


女性が書いた小説って、いい。

というより、角田光代さんの作品が、いい。


今回、初めて角田光代さんの作品を手にしたのだけれど、

彼女は、人間が持っている「心の暗い部分」を、そのままの“暗さ”で伝えられる作家だと思った。

題材が、現代女性に共通するものだから、共感しやすいというのもあるが、

それを正直に、本当に正直に描いているから、その暗さが、

さも自分の思い出であるかのような自然さで、心と一体化してくるのだ。


私は登場人物である、主婦でも、女社長でも、女子高生でもない。

けれど、横に繋がる一本の線、「女」というジェンダーが、すべてを“自分”にしてくれる。



内気で自分をうまく表現できない主婦の小夜子。

社交的だが、暗い過去を持ち、人間を信じきれない女社長の葵。

強く明るく生きるが、心に深い闇を抱える、葵の高校時代の親友・ナナコ。

そして、それ以外の人たち。


いわば、この物語は、上記の三人の女性と、彼女以外の人たちの二項対立だ。

ずっと仲良くしているにも関わらず、影で平然と悪口をいう“普通”の人々と、

そんな彼らの行動に驚き、人間不信に陥っていく“普通じゃない”三人の女の子たち。

私は、作者の意図よろしく、後者の方に感情移入をした。


そして、分かったことがある。

後者の女の子たちは、


自己否定をしながら、他者否定をして自己肯定をしているのだ。


積極性がない自分が悪い、

仲間に入れない自分が悪い、

協調できない自分が悪い、

と、自分の至らなさを認識しつつも、「私は正解」だと思っている。

まるで、『人間失格』の主人公・葉蔵と同じ。

そうでなければ、生きていけないからかもしれない。


異質な存在で在ることを可能にする勇気がない“普通じゃない”人は、

他者否定による自己肯定をしなければ、前に進めないのだと思う。

そういう意味で、小夜子と昔の葵は、その勇気がなかった。

しかし、ナナコだけは、その勇気を持っていた気がする。


以下、ナナコの言葉...

だってあたしさ、
ぜんぜんこわくないんだ、そんなの。
無視もスカート切りも、
悪口も上履き隠しも、ほんと、
ぜーんぜんこわくないの。
そんなとこにあたしの大切なものはないし。



ナナコにとっての「大切なもの」が彼女の強い勇気を支える柱だったのかもしれない。

ナナコのそんな勇気が、高校生だった葵に伝わり、

大人になった葵の勇気が、小夜子に伝わっていく。


「勇気の連鎖」と言ったら、何だか爽やかだけれど、そんな清々しいものではなくて、

痛くて拙い、精一杯のバトンタッチなのだ。




これは本当の意味での「女」の小説。

生々しい暗さの感触と、不器用な“勇気”を与えてくれる、素晴らしい作品だった。














ありがとうございました。

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自分を磨く方法/アレクサンダー・ロックハート


読んだ本:『自分を磨く方法』 

著者:アレクサンダー・ロックハート

出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン

読んだ日:2010/7/8

ページ数:138頁


まとめ:

私が高校生のときに流行っていた、この本。

駅ビルの本屋に店員の絶賛POP付きで、目立つところに平積みにされていた。

一目見たときから、そのシンプルビューティーな装丁と

帯の「成長の黄金律」という惹句に惹かれてしょうがなかったのだが、

結局そのときは、もの凄く迷った挙げ句、購入には至らなかった。


しかし、今年の初旬、某大型中古本販売店にて、このシンプルビューティーな装丁と再会。

なんと100円で売られていた。

消費者としては有難い。

けれど、もし自分が著者だとしたら少し悲しくなると思うのだが、

自分の作品をより多くの方に見てもらえる機会だと思えば、

アリなのかもしれないと、強引に自己説得。

そんなこんなで、100円(税抜き)で、この本を購入した。

定価の1300円(税抜き)で買っても、中古価格の100円(税抜き)で買っても、

この本の本質も価値も、もちろん変わらない。

だけれど、私だけかもしれないが、“思い入れ”が違ってくるのだ。


1300円(税抜き)で買っていたら、買ってすぐに読んでいたと思う。

だが、100円(税抜き)で買ったことで、私の中でこの本の価値としての“重み”が消えて、

「いつか読もう」程度のテンションになってしまった。

ということで、約半年間、放置


私の中で、買ったり、貰ったりした本を「放置する」ということは、

大きな恩を着せてもらったのに、感謝の言葉も念も返さないような無礼極まりないような行為で、

結構な“罪悪”なのだ。


つまり、もう数十冊も放置している私は恩知らずの“罪悪の塊”ということになる。

そんな募り募った罪悪感に耐えきれず、最近やっと「罪滅ぼし」として、放置本を読み始めた。


「罪滅ぼし」のうちの一冊が、この本である。

しかし、読み始めて思った。

「罪滅ぼし」でなんか、本を読んではいけないのだと。


「罪滅ぼし」というのは、しょうがないから読もうという、

「放置する」よりも、更に無礼極まりない行為だったことに気がついた。


それは何よりも、この本が素晴らしい作品であったからこそ、気がつくことができたのだ。

これからは、「罪滅ぼし」ではなく、対等な関係で本と対話していきたい。



前置きが長くなったが、


本題...


この本では、自分を磨くための50のテーマが述べられている。

量的には、1テーマ見開き2ページくらいで、とてもコンパクトなのだが、

内容はとても深いし、とかく分かりやすい。

新鮮な内容ではないけれど、威厳ある語り口や厳しさのある温かみが伝わってきて、

踏み込んだ叡智が、自分の中に湧いてくる感覚がした。


どのテーマも、納得させられるのだが、すべてに心から感応するわけではなく、

「今の私」に合うテーマ、合わないテーマに分かれた。

多分、一年後に読んだら、今の私に合っているテーマには何も感じなくなって、

違うテーマに感応していたりするのだと思う。


今回は、「今の私」が深く感じたテーマのうちの一つをここに記録しておきたい。




<失敗への恐怖を乗り越える>


人間はわずか二つの恐怖しか持たずに生まれてくると著者は言う。

「落下への恐怖」と

「大きな音への恐怖」
である。

それ以外の恐怖心は、後天的に身に付けたものである。


人間がもっともよく経験する恐怖心、「失敗への恐怖」とは、つまり、

自分が作り出した架空の恐怖心なのだ。

そして、その恐怖心は、成功の可能性をつぶす元凶となる。


とても簡単で、とても難しいことだけれど、

「失敗への恐怖心」をなくすには、挑戦あるのみ。

挑戦し失敗しても、そこから学ぶことは多く、成功へ繋がるヒントともなる。

挑戦もせずに、失敗にただ怯えて何もしないのは、人間として生まれた以上、

かなり、もったいないことだと思う。

この体と心をもってして「経験する」ことが、この生を授かった意味なのだから。


この教訓から、最近わたしは、何かに「失敗への恐怖」を認識した時点で、

それを行動に移すようになった。

初対面の人に名刺を渡したり、自分から声を掛けたり、すべきことより、したいことを優先したり...


一見些細なことなのだけれど、今までの私にとって、それらは「絶対不可能」なことだったのだ。

挑戦を「絶対不可能」にしていたのは、まぎれもなく“失敗への恐怖心”。

しかし、それが、ただの幻影に過ぎず、失敗さえも自分の血となり肉となることが、

はっきりと分かった今、とても吹っ切れた感がある。


渡る世間に鬼はいない。

鬼を作っているのは、自分なのだと気づいた。


“失敗してもいいじゃない”というスタンスで、何事にも挑む。

ただそれだけで、可能性は無限に広がっていくのだ。


きっと、「失敗への恐怖心」に打ち勝てた人は、無敵。

あとは、絶対に、絶対に、絶対にあきらめなければ、成功は確実に手に入る。

そんな大切な真理を教えてくれた、100円(税抜き)のこの本に、心から感謝したい。















ありがとうございました。



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