Black Planet -3ページ目

ヘンゼルとグレーテル

 バレンタインが近いとあって、雑貨店には、ズラリとバレンタイン用のチョコレートが並んでいた。

 真っ赤な上質の羊皮紙に、大きなハート型のチョコレート。
海外で有名なトリフや生チョコ、チョコロール。
今年は見た目も演出も凝った物が多く、様々な種類があるようだ。まるで街全体がお菓子の家になってしまったかのように甘い匂いがたちこめている。

「これは何だ? 嫌がらせに送る物か?」

 うさぎの形をしたファンシーなチョコレートをつまんでエイジが、うんざりした顔で言った。

「そうかな?すごく可愛いと思うんだけど」

 アキナはエイジの手からチョコレート受け取ると、そっともとの場所に戻した。

 女の子にとってはロマンティックなイベントであるバレンタインも、殆どの男の子達にとってはどうでもいい出来事なのかもしれない。

 エイジはアキナに引っ張って来られて付き合ってくれているだけだし、同じ年代の男の子は遠巻きにして近寄らないようにしていることからも、その推測はかなり的を射たものだと言える。

 バレンタインの贈り物を堂々と購入している男子もいるが、それは大抵、恋人のいる者に限られていた。
 思春期の少年は、そうそう大人のように開き直れないものなのだ。

「それで、買う物は決まったのか?」

 居心地が悪そうにしながらエイジが言う。

「うん。ちょっと買って来るね。先に外で待ってて」

「わかった」

 アキナの言葉に、エイジはほっとした表情を浮かべて店を出て行った。
余程苦痛だったのだろう。

 気の毒な事をしてしまったが、彼のお陰で助かった。
アキナはエイジが嫌がったチョコレートを次々とふるい落としていたのだ。


「お待たせ」

 目当ての品を買って店を出ると、エイジは一つ頷いて歩き始めた。
アキナも並んで歩き出す。

「今日は付き合ってくれて有難う。エイジは用事はないの? 買い物は?」

「僕はいい。こんなところで買う物はない」

「じゃあ、バレンタインには他の物を用意したの?」

「ああ───い、いや、そういう意味で言ったんじゃないっ」

 アキナが何気なく口にした言葉に、エイジは勝手に引っかかって、勝手に慌てている。

 いつもの不機嫌顔に赤みが差していた。

「そう、エイジも誰かに贈り物をあげるのね」

 アキナがにこにこしていると、エイジはギュッと眉間に皺を寄せて説教を始めた。


「だ…だいたい、バレンタインは、誰にもわからないように密やかに想いを伝えるイベントであって、こんな風に馬鹿騒ぎをするものでは──」

「うん、そうね。あーどうしよう。やっぱり可愛いラッピングにしてもらえばよかったなぁ」

「……待て。今、僕の話を華麗に流しただろう。アキナ、お前がそんな風だから、僕は…!」

 どうせお互いに渡す事になるのだから、直接交換してしまえば早いのに。

 しかし、そんな事には全く気付かず、それぞれに別の問題について思い悩む二人なのでした。


 END

童話週間(最終日)

 今日で童話週間が終了します。あっという間の一週間でした。夜に最後の童話を更新しますのでお楽しみに。

続・白雪姫

 ダグラス王とダリア王妃は貴族の集会へ。
貴族だけの秘密の会合。

 広い屋敷に独りぼっちになるのは、これが初めてではない。
…初めてではなかったが、寂しいことに代わりなかった。

そこで白雪姫は、黒猫を構うことにした。

「おいで」

 ふかふかの絨毯の上に四つん這いになって、パタパタとネコジャラシを振る。
 クッションの敷き詰められた籠の中で丸くなっていた猫は、そんな白雪姫をチラリと見ると、やれやれと言いたげな様子で身を起こした。

 しなやかな動きで白雪姫に歩み寄り、ネコジャラシを前足で踏む。

「じゃれて遊ばないの?」

 首を傾げる白雪姫を、黒猫は真紅の瞳を細めて見上げた。
そうしてゆっくりと尻尾を揺らす姿に、白雪姫は別の遊びを思いついてにっこりする。

「じゃあ、お風呂に入りましょうか? 綺麗に洗ってあげる」

 いつもは、いつの間にか人型に戻って勝手に入浴してしまうから、前から一度やってみたかったのだ。
黒猫を抱き上げると、白雪姫は意気揚々と浴室に向かった。


──そして、一時間後……


「ア…アップルゲートの、馬鹿、変態…! あ、あんな恥ずかしいことするなんて……」

 白雪姫は、長身にバスローブを羽織ったアップルゲートに抱きかかえられて浴室から出て来た。

 アップルゲートの洗い立ての黒髪からは水滴が滴り、甘い香りが漂っている。
 そして、その腕の中にいる白雪姫もまた、薄い桃色に染まった肌から念入りに洗われた証拠である湯気を立ちのぼらせていた。
二人の違いはと言えば、洗われている間、黒猫は暴れなかったが、白雪姫は暴れた為に息が切れているということだけである。

「心外だな。されたことをそのままやり返してやっただけだろう」

「だ…だからって…あんな…っ!」

 思い出してぷるぷる震える白雪姫。
真紅の瞳を細めてアップルゲートが笑う。

「クク…次の留守番が楽しみだ…」




暫くして帰宅したダグラス王が、抱きついてきた娘に「もう一人で留守番は嫌だ」と泣かれている頃、洗い洗われてさっぱりした黒猫は、ベッドの上で満足げに体を伸ばして眠っていた。

END