ヘンゼルとグレーテル
バレンタインが近いとあって、雑貨店には、ズラリとバレンタイン用のチョコレートが並んでいた。
真っ赤な上質の羊皮紙に、大きなハート型のチョコレート。
海外で有名なトリフや生チョコ、チョコロール。
今年は見た目も演出も凝った物が多く、様々な種類があるようだ。まるで街全体がお菓子の家になってしまったかのように甘い匂いがたちこめている。
「これは何だ? 嫌がらせに送る物か?」
うさぎの形をしたファンシーなチョコレートをつまんでエイジが、うんざりした顔で言った。
「そうかな?すごく可愛いと思うんだけど」
アキナはエイジの手からチョコレート受け取ると、そっともとの場所に戻した。
女の子にとってはロマンティックなイベントであるバレンタインも、殆どの男の子達にとってはどうでもいい出来事なのかもしれない。
エイジはアキナに引っ張って来られて付き合ってくれているだけだし、同じ年代の男の子は遠巻きにして近寄らないようにしていることからも、その推測はかなり的を射たものだと言える。
バレンタインの贈り物を堂々と購入している男子もいるが、それは大抵、恋人のいる者に限られていた。
思春期の少年は、そうそう大人のように開き直れないものなのだ。
「それで、買う物は決まったのか?」
居心地が悪そうにしながらエイジが言う。
「うん。ちょっと買って来るね。先に外で待ってて」
「わかった」
アキナの言葉に、エイジはほっとした表情を浮かべて店を出て行った。
余程苦痛だったのだろう。
気の毒な事をしてしまったが、彼のお陰で助かった。
アキナはエイジが嫌がったチョコレートを次々とふるい落としていたのだ。
「お待たせ」
目当ての品を買って店を出ると、エイジは一つ頷いて歩き始めた。
アキナも並んで歩き出す。
「今日は付き合ってくれて有難う。エイジは用事はないの? 買い物は?」
「僕はいい。こんなところで買う物はない」
「じゃあ、バレンタインには他の物を用意したの?」
「ああ───い、いや、そういう意味で言ったんじゃないっ」
アキナが何気なく口にした言葉に、エイジは勝手に引っかかって、勝手に慌てている。
いつもの不機嫌顔に赤みが差していた。
「そう、エイジも誰かに贈り物をあげるのね」
アキナがにこにこしていると、エイジはギュッと眉間に皺を寄せて説教を始めた。
「だ…だいたい、バレンタインは、誰にもわからないように密やかに想いを伝えるイベントであって、こんな風に馬鹿騒ぎをするものでは──」
「うん、そうね。あーどうしよう。やっぱり可愛いラッピングにしてもらえばよかったなぁ」
「……待て。今、僕の話を華麗に流しただろう。アキナ、お前がそんな風だから、僕は…!」
どうせお互いに渡す事になるのだから、直接交換してしまえば早いのに。
しかし、そんな事には全く気付かず、それぞれに別の問題について思い悩む二人なのでした。
END
真っ赤な上質の羊皮紙に、大きなハート型のチョコレート。
海外で有名なトリフや生チョコ、チョコロール。
今年は見た目も演出も凝った物が多く、様々な種類があるようだ。まるで街全体がお菓子の家になってしまったかのように甘い匂いがたちこめている。
「これは何だ? 嫌がらせに送る物か?」
うさぎの形をしたファンシーなチョコレートをつまんでエイジが、うんざりした顔で言った。
「そうかな?すごく可愛いと思うんだけど」
アキナはエイジの手からチョコレート受け取ると、そっともとの場所に戻した。
女の子にとってはロマンティックなイベントであるバレンタインも、殆どの男の子達にとってはどうでもいい出来事なのかもしれない。
エイジはアキナに引っ張って来られて付き合ってくれているだけだし、同じ年代の男の子は遠巻きにして近寄らないようにしていることからも、その推測はかなり的を射たものだと言える。
バレンタインの贈り物を堂々と購入している男子もいるが、それは大抵、恋人のいる者に限られていた。
思春期の少年は、そうそう大人のように開き直れないものなのだ。
「それで、買う物は決まったのか?」
居心地が悪そうにしながらエイジが言う。
「うん。ちょっと買って来るね。先に外で待ってて」
「わかった」
アキナの言葉に、エイジはほっとした表情を浮かべて店を出て行った。
余程苦痛だったのだろう。
気の毒な事をしてしまったが、彼のお陰で助かった。
アキナはエイジが嫌がったチョコレートを次々とふるい落としていたのだ。
「お待たせ」
目当ての品を買って店を出ると、エイジは一つ頷いて歩き始めた。
アキナも並んで歩き出す。
「今日は付き合ってくれて有難う。エイジは用事はないの? 買い物は?」
「僕はいい。こんなところで買う物はない」
「じゃあ、バレンタインには他の物を用意したの?」
「ああ───い、いや、そういう意味で言ったんじゃないっ」
アキナが何気なく口にした言葉に、エイジは勝手に引っかかって、勝手に慌てている。
いつもの不機嫌顔に赤みが差していた。
「そう、エイジも誰かに贈り物をあげるのね」
アキナがにこにこしていると、エイジはギュッと眉間に皺を寄せて説教を始めた。
「だ…だいたい、バレンタインは、誰にもわからないように密やかに想いを伝えるイベントであって、こんな風に馬鹿騒ぎをするものでは──」
「うん、そうね。あーどうしよう。やっぱり可愛いラッピングにしてもらえばよかったなぁ」
「……待て。今、僕の話を華麗に流しただろう。アキナ、お前がそんな風だから、僕は…!」
どうせお互いに渡す事になるのだから、直接交換してしまえば早いのに。
しかし、そんな事には全く気付かず、それぞれに別の問題について思い悩む二人なのでした。
END