おいしいものを一度食べると・・・
予想しなかったわけではなかったが、少し困ったことになった。
おいしいもので味をしめたムルカが、カリカリを食べたがらなくなったのだ。
カツオの燻製が特に気に入ったらしく、それが出てくるまで待ち続け、ねだり続ける。仕方がないからほぐしてカリカリに混ぜ込んで食べさせてきたが、それも今晩でなくなる。
えっ・・・
かつおの燻製は?
ほらぁ、それと、トロトロのカツオブシのレトルトもぉ・・・
確か、冷蔵庫に入ってたよね・・・。
ムルさん、品名のところにも「おやつ」って書いてあるでしょう?総合栄養食を食べないと、猫は生きていけないんだよぉ!っと諭すも、こんな高度な日本語、わかるわけがない。(っていうか、わかろうともしない)
明日には、「カツオブシのレトルト・グルメ」もなくなる。ハンストに出るかな?
お薬の量
ここ数ヶ月、よく一緒に遊びに行くロシア人の友だちと、同じタイミングで風邪をひいた。彼女と話していて、ロシアと日本の薬の量の違いを思い出した。
モスクワで、ある日本人のお子さんが熱を出したので、外国人向けクリニックに同行したことがあった。
実は私、高校時代の転校のため、高校生向け化学は最初の14ページしか習っていない(したがって、当然、センター試験でも選択しなかった)というお寒い科学的バックグラウンドの持ち主なので、病院に通訳として同行した際はいつも最初に必ず、「私はプロの通訳としてではなく、彼らの友人としてここにいる。私には医療、科学的バックグラウンドは非常に乏しい」と断りを入れることにしていた。この日も当然、最初にこの断りを一言入れておいた。
ありきたりの診察や質問が続く中、熱を出してから母親が娘に服用させてきた薬の量に話が及んだ。
そこで、双方、びっくり・・・![]()
彼女は、子どもさんに「小児用○ファ○ン」を服用させていたのだが、その量が、まったく足りないとドクターは主張。この薬は彼女の身長と体重なら、1回で1瓶飲ませなくてはならないという。そして、その子どもの熱が丸1日下がらないのは、解熱剤を必要な量与えていない母親のせいだ、みたいな言い方をされた。
えっ
Σ( ̄口 ̄;;![]()
外国の病院は違うだろうなぁっという覚悟はあったものの、1回1瓶となるとこちらも素直に引き下がれない。日本人と西欧人は体質も違うし、日本ではそんなにたくさんいっぺんに服用する習慣はない、と主張すると、ネットで○ファ○ン説明画面を検索し、コンピュータ画面を私たちに指し示す。あちらも一歩も引かない。母親の方は当然、瓶や薬に添付されていた説明書を見せ、数字を拾って読むよう説得するも、読もうとする誠意も見せてくれない。
挙句の果てに、何か簡単な化学用語でつまると、「だいたい、キミのような人が通訳じゃ、言ってることも信憑性に欠けるなぁ・・・」と、あたかも私の通訳が悪いから薬の数で合意できないと言わんばかりに笑われた。1回○錠と1回1瓶の違いくらい、化学的バックグラウンドに暗くても訳せますってば・・・!
結局は、ドクターの言うとおりに新しい薬を処方してもらい、お母さんが(こっそり)その量を日本流に調節して服用させる、という作戦を取ったような記憶がある。
ところが。
風邪の症状も悪化し、初めて日本の病院に行った彼女、少しよくなってから会ったとき、食後に薬を服用しながらこういった。
「日本の医者の出す薬は弱いわね。それに、一緒に胃薬まで出してくれるのよ。」
なんとなく不満げ・・・。
上のエピソードを話すと、次のように言われた。
「日本人は、1つの病気を治すのに、副作用なく緩やかに治そうとするでしょ。ロシア人は違うの。一番大切なのは、どんなにひどい風邪を引いても、翌日にはちゃんとオフィスの自分の席に座っていられるよう、即効で治すことなのよ。」
そうか。
ロシア人はロシア人で日本のやり方に不満らしい。
それにしても、薬の服用量にはインターナショナル・スタンダードって無いのだろうか?
ちなみに、日本の薬局で売られている小児薬には、年齢別の服用量が記載されているが、ロシアでは、子どもの場合、身長と体重から服用量を決めるとのこと。このドクターもまったく納得できない理屈をこねていたわけではなかったことを付け加えておきたい。
お手柄~!!
ムルカと遊んでいて、ふと、一冬の間にホットカーペットの位置がかなり歪んでいることに気が付いたので、ちょっと引っ張って直してみた。
「変化」に弱いムルカ、ホットカーペットに載っているセンターテーブルがすっすっすっと動いたのが怖かったのだろうか、事の成り行きをテレビの上で小さくなって見守っていた。
すべてが終わると、恐る恐るカーペットの上に降りてきて、一歩一歩、慎重に安全を確かめながら歩いてみる。
あーー、大げさなヤツ・・・。
それから今度は、ソファの下も入念にチェック。
全体的に歪んでいたのをまっすぐにしただけなのに、何て大げさなチェック!
っと思っていたら、ソファの下に何やら隠れていた「おもちゃ」を発見して遊び始めた。
よくあることだ。この家では、家具を少し動かすと、ネズミのおもちゃやペットボトルのキャップ、どんぐりなどが出てくる。
が![]()
よく見ると、見慣れない形![]()
え゜~~~っ![]()
それはなんと、年明け直後、「無くした・・・」と恐る恐る夫が告白した
夫の結婚指輪
だった。
夫は洗面所まわりを探していたのだが、何とリビングのしかもソファの下にあったとは・・・。今までよく、掃除機に吸い込まれなかったものだ。カーペットの下にあったのだろうか?
いずれにせよ、ムルカが見つけなければ絶対に私たちには見つけられないような場所にあった。
ムルさん、お手柄だよ~っ![]()
おじさんにいーーーっぱい恩売るんだよ~っ
そこで。。。
かくかくしかじか、ムルカに恩を感じる分だけのお土産、買ってきてあげてね~
と、オジサンに電話しておいた。
そして、袋いっぱいのお土産を手に帰ってきたオジサンを見て、ムルカは直感的に自分のだ、と信じて疑わなかった。
それ、私のにゃぁ?
まっね~♪
もったいつけないで、早く見せるにゃぁっ!
にゃにゃーんっ。まずはグルメセット。いつものキャ○ットに猫草、ホンモノのカツオの燻製、それから最近気になってた低カロリー食も試しに買ってきてみたよ。
どれどれ。。。
それから、ねこじゃらしも新しいの、買ってきてあげたよ。
あーーーっ、さっそく遊びたいよぉ・・・!!!
まず、この紙からはずさないとねぇ、ちょっと待ってね。
待てないにゃぁ~~~~!!!
ムーム、今日は、立場強いよ。思う存分、わがまま言ってもいいよ~。
あ、私にじゃなくて、オジサンにねっ。
「結婚」
- ニコライ・ワシークエヴィチ ゴーゴリ, 堀江 新二
- 結婚―二幕のまったくありそうにない出来事
ロシア人の名前にしては、聞きなれない名前が続くとは思った。だが、鈍感な私は、最初の登場人物が数人登場した段階では気づかなかった。
気が付いたのは、場面も変わって「メタマーヤキン」という人物について、「その人と結婚したら、私の名前は、アガーフィア・メタマーヤキンになるの?いやダァ・・・」という意味のセリフが出たときである。あ、気のせいじゃなかったんだ。(これは「目玉焼き」を意識した名前だ。)
翻訳時に登場人物の名前を変えるという発想がなかったもので、もしや、と思いつつも、そこまで読み進んでしまったのだ。
実際、ロシア人の名前には、日本人同様意味があるため、それに掛けた言葉遊びのようなものが、ロシア文学の中にはよく登場し、その面白みは、ロシア語堪能な人が読む場合を除くと、たいていの場合、脚注を見ないとわからない。先日読んだブルガーコフの「悪魔物語」もそうだった。
それを、この翻訳本の中では全部変更してしまっているのだ。優柔不断なグズーキン(「愚図」?) にその世話焼きな友人セワーヤキン、海軍軍人カミーツキン (「噛み付き」?) 等々、原作のおかしさを日本人がダイレクトに味わえる工夫がなされている。
脚注が1つもなくて、楽しめたということは、名前の件だけではなく、バックグラウンドがわかっていないと笑えない部分、本来なら脚注に記載されるような要素も、地のセリフの中に組み込まれているのではないかと思われる。つい最近、「悪魔物語」でその不便さを味わったばかりだっただけに、よけい、すっきりと気持ちよく読めた。
モスクワにいると、どうしても外国人の娯楽は音楽やバレエなど、言語を必要としない芸術になりがちだ。こういう訳本があるのなら、もっと演劇を観てもよかったと思った。












