「運命の皮肉」
下の記事に追記です。
昨日知ったのですが、この映画のDVDが、日本語字幕スーパー付きで、昨年の12月に発売されたところなんだそうです。
興味のある方はぜひ、下のタグからアマゾンへGo ! (ただし、日本語字幕スーパー付きは恐ろしく高価ですね!!)
- アイ・ヴィー・シー
- 運命の皮肉
Ирония судьбы, или С легким паром! ~ロシアのドラマ
昨日から、先日ご紹介した年末年始映画コレクションのDVDの中から、「Ирония судьбы, или С легким паром! (運命の皮肉?それとも、さっぱりしました?)」というのを観ている。1975年、ソビエト時代、モスフィルムの作品だ。
私の上で、だらしなく伸びきっていた寝ていたムルカが、いつのまにか目を覚まし、一生懸命に画面を見つめていたのが印象的。ムルカは滅多にテレビやパソコンの画面に興味を示さない猫だ。なつかしいロシア語の響きに目を覚まし、飛び込んできた画面になつかしいロシアの風景が映し出されていたから、思わず見入っていたのかもしれない。((-。-;) ゴメン、ムルカ。ふだんは、ジャパニーズ・ロシアンしか聞く機会がないものねぇぇ。)
まあ、ムルカの様子はさておき、この映画、なかなか面白そうだ。映画そのもの、というよりも、時代背景だとか、見せ方だとか、政府の意図するところ(??)、等々、様々な面からロシアの色々なことを思い出した。
そこで、ロシアネタも尽きてきたことだし、これから何回かに分けて、この映画からネタを拾っていきたいと思う。
尚、「film」と言われたし、制作はモスフィルムという国営の配給会社だし、映画だと思っていたのだが、実際は全6回のテレビドラマのようだ。(あまり事情通ではないのでわからないが、ソビエト時代はテレビドラマも一括してモスフィルムが取り扱っていたのかもしれない。)まだ、第1話しか観ていないので、観ながら見つけた面白いエピソード、なつかしいエピソードをおいおいご紹介していきたい。
あたしの国にゃっ!!
ムーム、やっぱりなつかしい?
真相・・・?
体調不良の記事を最後に更新が数日間とまったので、体調不良をご心配くださった皆さん、紛らわしくってすみません。元気です。v(^-^)v 実は、連休が明けてから、自分の冬休み(?)が思い込んでいたより一週間早く終わることに気がついて、ちょっとバタバタ((>д<))していたのです。連休中は、ダンナにパソコン乗っ取られてたし。。。(;^_^A
それから、私の頭痛は、「まおの親」さんがコメントでご指摘くださったように、ソファで不自然な姿勢で寝たのが原因の肩こりから来たものかと思います。風邪の症状はまったく出ず、2回、バファリンを飲んだだけで治ってしまいました。 私が寝ていたこのソファ、いつも「長いす」と呼んでいますが、実は、いわゆるラブチェアというサイズで、膝を曲げるか、手すりの上に足を上げないと横になれないのです。 ここで何泊もするのは、かなり身体に悪そう・・・。これを機に、ムルカのためにソファで寝るのは止めようと決心しました。 ( ̄ー ̄;
ここ数日で、ちょっとがっかりしたことと言えば、これです。↓
この日、いつものようにお気に入りの場所にゆーちゃんと一緒に寝ていたムルカを抱き上げ、いつものように膝に乗せてテレビを観始めたのですが、10分くらいですり抜けられてしまいました。うっかりブランケットの上に私が座ったのがよくなかったらしいのです。で、落ち着いた場所がここ。
なーんだ、ムルさん、抱っこの味を覚えたんじゃなくって、お気に入りのブランケットとソファの間に私が挟まっているのは、
「許容範囲」
だったってわけ???( ̄□ ̄;)!!
今日はきてぃが一緒に座りたいみたいだから、特別に、あたしはゆーちゃんと一緒に、隅っこにくっついてやるにゃ・・・。
にゃんか、ショックですわ・・・。
外タレのコンサート
モスクワには、いわゆる「往年のスター」たちが多数、コンサートにやってくる。その人たちが
旬
だった頃、ロシアはまだソビエト時代で、自由にやってきて演奏活動をできる状態ではなかったためか、その集客力がまた信じられないくらいある。そして、チケットも馬鹿高い。クラシックや民謡関係の名演奏が、席を選ばなければ千円以下で聴けるのに比べ、それらのチケットは、日本並み、あるいはそれ以上だ。
私も、半分、物見遊山で、在モ中、2つのコンサートに行った。
ひとつは、写真のマライア・キャリーのコンサート、もうひとつは、ホイットニー・ヒューストンだ。どちらもクレムリン大会宮殿で行われた。
最初に行ったマライアのコンサートで驚いたのは、マライアの音楽を観客がおとなしく聴いていたこと。
誰も立たなかった。だけではなく、手拍子もほとんどなく・・・。
私は日本人4人で行ったので、日本でのコンサートと同じように楽しみたかったのだが、あまりにもまわりが「よい音楽を鑑賞する」という姿勢で聴いているので、圧倒されて勇気が出ず、最後の方で手拍子をするのがやっとだった。
チケットの値段を考えると、いわゆる「ノービー・ルスキー(新ロシア人)」の皆さんが、「お金持ちのたしなみと話題づくり」のために集まっていたコンサートなのかもしれない。
2004年2月10日午後7時始まりのホイットニーのコンサートのチケット。
ちなみにお値段は1階28列で3000ルーブル(約1万円)だった。1階の前から5列目くらいまでの席には、なんと20000ルーブル(約8万円)の値段がついていて、「誰が買うねん、そんなもん」と思いましたが、行ってみると、社交界風にきらびやかにドレスアップした人たちでほとんど埋まっていました。
次にホイットニーのコンサートに行ったときも、やはりお客様は静か。が、当時のホイットニーは父親が数ヶ月前に他界したばかりで、半分アル中状態で情緒不安定だった。コンサート中も半ばから泣き出し、声がほとんど出ない曲もあるというハプニング。観客の中にも同情的声援を送るものがいたのが、前回との違いといえば違いだった。(幸か不幸か、私たちは大雪のため、大幅にチコクしたため、声が出ない演奏に対する観客の反応は見逃した。)
ちなみに・・・。
ロシア人が、コンサートで盛り上がらない人種だという訳では決してない。
その少し後、同じホールで行われた民俗舞踊と民謡のコンサートに出かけた。日本人の友人とふたりで出かけた。
そこでもびっくり。
すごい盛り上がりなのだ。
コンサートは、少年舞踊によるコサックダンスで最初から盛り上がり、徐々に指笛や手拍子が増す。コンサートのフィナーレにおなじみの民謡が演奏されると、舞台に駆け寄る人、人、人・・・。客席はほとんど総立ちの大合唱だった。確かに、日本人の私たちにも耳に覚えのある名曲も多数含まれていたので、あ、これこれ、という嬉しさは共有できたものの、民謡や民俗舞踊に熱狂するという感覚が日本人にはないので、すっかり圧倒されてしまった。(あ、すみません、ある方もいらっしゃるのでしょうね。)
もちろん、コンサートに集まった客層の違いによるところは大きいと思う。が、ロシア人(および旧ソ連からの移民の皆さん)が、心から共感し盛り上がる音楽とは、やはりお国の音楽なのではないだろうか。特にこのコンサートは、各国の伝統芸能だったので、仕事等の関係でモスクワに滞在している人たちがふるさとを懐かしんでの盛り上がりだったのかもしれない。
とはいえ。
今、ロシアでは「Mamma Mia!」が公演中だし、私が帰国する頃には「Cats」上陸が街中で大々的に宣伝されていた。「Chicago」もかなりのロングランだった。また、ペテルブルクの友人も、「先週、忙しい中、アバのコンサート行ってきたのよ♪」と嬉しそうにメールに書いていたことがあり、それはどことなく「最先端を行っている満足感」を醸し出していた。
ミュージカルは必ず当たり、強気の値段設定の往年のスターのコンサートもほぼ満席になる。当分、モスクワやペテルブルクは、欧米のショービジネス界にとって、優良マーケットであり続けること間違いなし、かな。。。
ねえねえ・・・
帰宅後のムルカの甘え攻勢に負け、ここ数日リビングのソファで夜寝ていたせいか、昨日は朝から原因不明の頭痛に襲われ、終日ベッドで過ごした。風邪だろうか。
私が何時になっても起きてこないので、ムルカは何度もちょっかいを出しに来たが、いくらしつこくしても珍しく起き出してこないのであきらめたようだった。
日も暮れ、いくらなんでも何か食べろ、と夫に強引に起こされたので、しかたなく降りてゆく。食事を済ませると、まず、ムルカに納戸に連れて行かれ、食事につきあわされた。まあ、1日ほったらかしだったし、納戸は寒いからひとりで行きたくないという気持ちもわからないでもない。
と・・・。
食べ終わると当然のように、下に行こうと誘う。
私はベッドで寝たいし、下には夫もいるのに・・・と思いつつつきあう。
下に降りると、前日の夜、私が寝ていたふとんがおきっぱなしにされていたのだが、ムルカはそこを顎で指して「ここで寝ろ」という。
仕方がないので横になると、何やら、話しかけて(??)くる。
ねえぇねえぇ。これからずっとそこにいるかにゃ?
ムルさんがそこ(ゆーちゃんの横)で寝付くまではいてもいいよ。
一日、さみしかったにゃよ。ずっといてよ。
きてぃにゃん、今日は病気だからガマンしてよ。
あたしはいい子だから、言われたとおりにゆーちゃんのとこに来たけど、眠ったらきてぃが行っちゃうから眠らないにゃっ。
まだ、起きてるにゃぁぁぁぁっ・・・。
ムルカさん、年が明けて、一段とニンゲン語に磨きがかかってきたね。











