『無理題こそ難題』を出したのは、今から15年前、2010年でした。

 この本(以下本編と書きます)は、大学入試の一方の当事者である、大学側の出題者の視点でまとめたものでした。

 一方の当事者は受験生です。その受験生に自分の受験した当の入試問題をどう受け止めたか聞くことは出来ませんので、試験直後に出版される問題集(主に三社、旺文社・學燈社・明治書院)のものを中心にして、少しまとめようかと思っていました。そして、やっと、まとまりをつけました。『補遺編』と名付けました。現在印刷所に原稿を回しているところです。

 どういう形で、お配り出来るか未定であり、内容もつまらないものですが、出来上がったら、このブログにも書きますので、よろしくお願いいたします。

 

 その本とは関係ないことを、またこのブログで書き続けたいと思っていますのでこれもまた、よろしくお願いいたします。

 

 『卒業証書」を作る時期が近づいてきました。

 

 月刊雑誌「サライ」の2025年10月号は『ニッポンの「漢字とかな」』の特集号でした。

 パラパラとめくっているうちに,面白い写真を見つけました。

 52頁『「漢検」で日本語の奥深さを知る』

 そこに、漢検の合格証書の写真がありました。

 その合格証書の文言は、次のように読み取れました。

 

    合格証書 

     二級

     

漢検 太郎

 

 令和 六 年度第一回

 文部科学省後援

 日本漢字能力検定に

 おいて頭書の等級に

 合格したことをここに

 証明します。

 

  令和六年七月二十七日

 

 以前(一九九九年頃)、岩波書店の「日本語質問箱」に「賞状のことば」として、次のような質問をしたことがありました。

 

 質問

 「あなたは……漢字能力検定において頭書の等級に合格したことを証明します。」「右の者は本校において頭書の課程を終了したことを証する」という場合のは正しい日本語の使い方でしょうか。」

 

 回答者、大野晋さんの丁寧なにお答えをいただき、最後に次のようにしめくくってもらいました。

 「昔は文語文で、『右ノ者ハ……ヲ修了セリ』とだけあったのを、口語文体に変えるときに、あいまいな形が現れたようです」

 

  「漢検の合格証書」が私のせいで変わったとは思いませんが、高校の卒業証書の文言が、このブログで二〇回近く書きながら、

変わらないことを残念に思っています。 

 

 

 

 

  

 古いファイルを開いていたら、次のような文章を見つけました。長いので、後半だけを引用いたします。

 ーここより引用ー

 西欧で最も日本語学習人口が多いのはフランスだ。現代フランス語に「タタミゼ(tatamiser)」という言葉がある。

 言語学者、元外交官、日本語の達者な在日フランス人に聞いてみたが、<日本かぶれする><日本びいきになる>という意味で使うほか、<日本人のようになんでも「検討します」と言い、断定、確答を避けようとする>傾向をさすことばでもあるという。

 日本人みたいにあいまいになって悪いか?

 これは、なかなか微妙な問題である。とかく明瞭さを好み、論争好きなフランス人の「タタミゼ」は自己否定とも見えるが、<日本語を使うことで自分が以前よりも優しく、礼儀正しくなったと感じる>フランス人もいるらしい。

 何かと譲り合い、「すみません」を連発し、会釈するのも「タタミゼ」効果ということになる。

 言語は話者の人格に作用する。日本語に親しんで日本化する外国人はフランス人だけではない。

                    ◇

 ある研究者が、こう言っている。「英語一辺倒のグローバリゼーションは危うい。非対決的な文化に根差す日本語こそ人類を平和共存へ導くカギだ」

 宗教対立、地域紛争が激化する一方の世界を眺めれば傾聴に値する。

 だが、非対決的な文化を広めるためには、対決を恐れぬ覚悟が要る。とかく摩擦を嫌い、相手との同化を探る日本人の弱点を乗り越えねばならない。

 その勇気を欠いたためにこじれた政治問題は枚挙にいとまがない。

 ーここまで引用ー(2014年9月15日「毎日新聞朝刊ー山田孝男”風知草”」より)

 

 高市内閣の支持率が70パーセントを超えたという報道には驚きました。

 

 石破前総理の「戦後八十年の総括」に共感することが多かったこの90歳の老人にとって、これからの日本はどうなるのか、いささか心配でした。

 そんな時、十年以上前の『新聞記事」を見つけて書き留めました。記事の内容とは真逆ですが、やはり「今こそ、タタミゼの気持ちを忘れないで」と言いたくなっています。