「無理題こそ難題」を出したのは、2010年でした。それからもう16年も過ぎました。

 その間、他のことをしながらも気になっていたのが、その「補遺編」でした。

 

 すでに書いたように、「本編」では、その「入試問題」そのものと、「出題者」の主張を書き続けました。ただ、それでは、「入試」のもう一方の「受験生」の「受け止め方」という視点が欠けていました。そこで、「補遺編」を書くことによってそれを出来るだけ補なおうと考えたわけです。勿論、「受験生」に直接会って訊ねることは出来ません。そこで、その年の4月頃に、他の人に殆ど相談することなく、独自に「入試問題を解いて発表する問題集」に注目することにしました。「補遺編」の一つの目的は、「無理題」である入試問題を、「問題集」の解答者がどう受け止めたかという点でした。

 そしてもう一つ、同じ「出題原文」が年度を越えてでもいい、他の大学でどう出題されているかを探ってやろうという目的も持ちました。

 

 やっと、原稿が出来上がったのが、この春、私は91歳になっていました。

 

 この「補遺編」124頁は、それ自身、いくら見てもわかりません。上に「本編」を置き、その「出題原文」を元にして、上と下、「本編」と「補遺編」を揃えて読むように仕組みました。だから、「補遺編」の「項目名」は、「本編」の「項目名」と一致しております。

 

 もう一つ、「本編」自体が整然と並んでいるわけではありません。だから、これはぜひ知って頂きたいのですが、「どこから読んでもいい、項目を上下揃えさえすれば」ということになります。

 

 孫は「補遺編」の話を聞き、原稿を少し読んで、表の帯に「推理(小)説 70編」 裏の帯に、「私を落とした犯人は誰だ!」と書けと冗談を言ってくれました。勿論書きませんでしたが、その程度のものかもしれないとひそかに思っています。

 

 そこで、再度のご連絡です。

 もし、「本編」をすでにお持ちの方、下の住所にご連絡ください。「補遺編」と「目次一覧」を「無料(送料も不要)」でお送りいたします。葉書でも何でもいいです。送り先が分かれば十分ですから、住所と名前のみを知らせて下さい。電話やメールでもいいのですが、耳や目や頭が十分に働かないので申し訳ございません。

          郵便番号  714-0062

          住所    岡山県笠岡市茂平1-1

          名前    松岡義晃

 よろしくお願いいたします。

 

 「手順その一」と「その二」がそろうと、次の手順は、方法的には簡単でした。

 

 「桐」で「選択」したものと、「大学入試問題」を突き合わせて、「無理題」ではないかという問題をまず探り出し、出題者に手紙を書いて質問したり、「解釈」という雑誌に疑問点を投稿したり、勤務校の教師や生徒と話し合ったりして、まとめ上げました。

 

 この際、一つだけ注意した点がありました。「出題者」は、「問題集」を根拠にして出題するわけではなく、「出題原文」は「学術書」あるいは「一般書」から採用するわけだから、「問題集」の「解答」は、こっそり参考にするにしても、原稿では明らかにすまいという決め事でした。大学名も、終わりにつけた「問題索引」以外には、書かなかったつもりです。

 

 こうして、2010年3月、「無理題こそ難題」を、東京図書出版会から発行しました。

 

 

 

 

 

 

 

昨日の続きを書きます。

 

H 「問題名」 「出題内容」を「問題名」で一項目の中に書き込んだものです。

 例「空所 口語訳 内容……」

I 「難易度」五段階で勝手に評価しています。

J 「注」 その問題の「注目度」を◎・〇・×・※などで表しました。

K 「メモ」25字の枠を作り、注目点を書き込みます。

L 「知識細目」 「読み仮名」「文学史など。

M 「文法細目」

N 「修辞細目」

O 「単語細目」

 すべてで十五項目になります。

 

一例を挙げておきます。

 大野晋さんが、「光る源氏の物語」という丸谷才一さんとの対談で、「あいなし」という語の難しさに言及されていましたが、それでは、「あいなし」という語が「何年度のどこの大学の、どういう出題になっているか」をこの「桐」で調べると次のように出てきます。

 「操作」は「単語細目」から、「あいなし」を選択するだけです。

 1972年度 京都女子大 源氏物語<少女>

 1987年度 明治大・政経 源氏物語<須磨>

 2001年度 立教大・社 源氏物語<少女>

 

 そこで、前述した「問題集」を取り出すと、「あいなし」という単語が、大学入試問題でどうとりあげられているかがわかります。

 

 以上、私の「作業手順の話」でした。