四万六千日のほおずき | Maki Murakami Official Blog

7月20日(水)太陽☀



ここ数週間


かなり忙殺気味でした。


気づくと


もう、そろそろ夏休みの季節です。




7月9日・10日の浅草寺の


四万六千日祈願の折に


どうしても欲しいと主人にねだった


風鈴付きの鉢植えのほおずきが


我が家で元気にしており、


ちいさなかわいらしい

白い花をつけました。


 




幼少期に過ごした家の庭に


紫蘇の葉のとなりになっていた


ほおずきで


その独特の香りもとても懐かしいです。





7月9・10日は


一日お参りするだけで


四万六千日お参りした分の功徳が


あるといわれています。


http://www.senso-ji.jp/annual_event/shimanrokusennich.html


主人に言わせると


そんな楽をしてはいけない。。。


でも


きちんとお参りをいたしました。





起源は、定かではありませんが


まずは室町時代。


もともと毎月18日の観音様の


縁日にお参りをすると


百日分、千日分・・・の功徳があると


いわれていたそうです。




それが、浅草寺では、


四万六千日分の功徳があるといわれるように


なったそうです。


米一升の米粒が


46,000粒だとか。


その一升と一生をかけ、


また、四万六千日は127年間。


人間が病気や事故に合わなければ


生きられる寿命でもあるようです。




ほおずき市は、人の集まる縁日にたった


市のひとつ。


もともと、かんの虫や内臓疾患に効くとも


いわれて港区の愛宕神社で


薬草として売られていたそうです。





浅草寺とほおずきのご縁は
 

色々と語られています。



ほおずきを堕胎薬として遊郭で


用いていたとも言われています。





 

また、源頼朝の奥州征伐の帰りに


 

軍勢の休憩中に兵士が日射病になり


 

ほおずきの赤い実をたべさせたのが


 

きっかけとも言われています。






決して華美にならない


 

ほおずきの朱の色に


 

さまざまな歴史が感じられます。 







ふと、その日の午後の


小さな出来事を思い出します。





その日、


バスで移動中のこと。


小学校低学年の兄妹のような二人が


乗り込んできて無言で立っていました。


ふと、


兄らしき少年が


妹らしき女の子が手にしていた


二本の傘を


ちゃんと持て!とでも言わんばかりに


押しつける音がしました。




女の子は


小さな体で長さの違う傘を二本


右手に持ちながら


左肩のプールのかばんを


掛け直していました。


青いかばんには


男の子の名前がひらがなで書かれていました。




水で濡れた水着のバックの重さで


そのひもが


女の子の方に食い込んでいます。




何か言ってあげたいけれど


信頼関係のないところで


声をかけるのは禁物。


二人の関係をさらに悪化させてしまうと


いけません。




じっと女の子のことを見ていると


彼女も私の方を


じっと見つめていました。




あまりみすぎないように。


でも気にかけているよと


伝えるように


視線を動かしながら


いくつかのバス停を過ぎました。





私たちのほうが先に降りることになり


席を移動すると


彼女は空いた席に座っていました。


目があって小さく手を振ると


彼女も手を振ってくれました。




バスを降りて彼女の方を見ると


丁度バスの窓ガラスの縁の下に


彼女の眼が隠れてしまう位置でしたが


座ったまま一生懸命背伸びをして


こちらをみて手を振ってくれました。




私も手を振りながら


あれが精いっぱい


でも気持ちが伝わったかなと


思いました。





昨日は


ほおずきの鉢植えをテーブルに置き


娘がデッサンし


顔彩で和の色を置いていました。





四万六千日の功徳については


わかりませんが


つぶらな瞳とほおずきの実が重なって


ほおずき市の日の


名残に包まれている思いがあります。





クロネコちゃん