松竹座で團子のヤマトタケル | 宗方玲・詩人が語る京都と歌舞伎

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3月の新橋演舞場に続いて、大阪松竹座の「ヤマトタケル」を観てきました。

 

猿翁、右近(右團次)、猿之助と受け継がれてきて、少し古典風になってきたスーパー歌舞伎。

配役が一部変っても、故・猿翁の脚本・演出、石川耕士の監修による、筋はほぼ同じ。

 

ややコンパクトで、舞台が隅々まで見渡せる。 音響がクリアで、大小さまざまな音が聞き分けられる。

何といっても、照明。 派手でも眩しくない、煌びやかさ。 明暗がすっと入れ替わる、視覚の快感。

 

それが松竹座の良さ。 大阪特有の明るさを感じるのもいい。 そこに、團子のタケルはどう映えるのか。

 

父上にはどうして私の思いが伝わらないのだ。。。 いったい私は愛されていないのだろうか。。。

家族を想い、平和を望みながら、兄を殺し、まつろわぬ民を滅ぼし、呪われて旅先で最期を迎える。

 

とことん悩み、自らの希望と違う道を歩んでしまうプリンス。 團子には、その悲哀さがあまりにも強い。

猿翁の未来を見つめる目、猿之助の自分に陶酔する目。 團子の空虚にも見える目には、何が映っているのか。

 

父の帝を、ずっと演じているのが中車。 團子が歌舞伎役者を目指してから、色々とあった香川家。

親子の確執のドラマに、影響はないのか。 澤瀉屋を背負った20歳そこそこの若者が、感じる思いとは。

 

祖父のビデオで学んでいる團子、やや間延びした語尾が特徴の祖父に、ますます台詞回しが似てきたよう。

それはそれで良し。 まずは澤瀉屋の芸を伝承し、ロングランのあとは武者修行で古典に挑んでほしい。

 

え橘姫とおと橘姫には、米吉に代わって、壱太郎。 くっつき過ぎない姉御風に、團子にも緊張感が。

タケルをいじめ抜く継母の皇后には、門之助。 後半は伊吹山で、猿弥と怪演とはすごい。 ひーひっひっひ。

 

同じ配役でロングランを続けていると、俳優が元に戻れるのか、余計なお世話の心配。

そこは、笑三郎の叔母が安心。 團子に宝剣を預けながら、昔の男を思って一人で寝るよとのボケ。

 

悩みを打ち明けてから、思いっきり叔母に抱きつくタケル。 そこには、役を越えた母への想いが。

と、遠い3階からでも、役者がしっかりわかるのが松竹座ならでは。 では、次から筋を追っていきましょう。