不動産投資編 第15回 相続対策としてのアパマン建築 | 「不動産リテラシーの向上で老後の安心生活を」シリーズ投稿始めます

「不動産リテラシーの向上で老後の安心生活を」シリーズ投稿始めます

中小企業診断士 桑岡伸治のブログです。このたび、「老後の安心生活」実現を目的に、不動産に関する様々な情報を提供するシリーズ投稿をはじめます。
はじめにプロローグをお読み下さい。
ひとりでも多くの方が、Happyになりますように!

 ある地方中核都市の閑静な住宅街に80歳代の男性がお住まいになられていました。奥様はすでに他界、二人の子供さんは、離れた場所で住んでいます。ご自宅の土地は、130坪程、時価は保守的にみて1億5000万円以上です。

 この方に、あるハウスメーカーが賃貸マンション建設を持ち掛けてきました。約130坪の土地に延床面積で258坪程の5階建て建物です。投資額は2億5000万円を超えます。

 

 問題は、この賃貸マンションから得られる家賃収入です。周辺相場から算出した予想賃料に基づくNOI(Net Operating Income)は、満室時でも年間1500万円程にしかなりません。投資総額に対する利回りは6%、しかし、土地も時価相当額で投資したとみなせば、投資総額4億円、NOI利回りはわずか3.75%です。(売却のときは、「土地建物合計額に対する利回り」で価格が決まります。)

 

 この時、営業マンが使った殺し文句が「相続対策」、そして「35年の家賃保証」です。私は、このタイプの投資勧誘は詐欺も同然とみています。それではこの賃貸マンション建設(=不動産投資)は、何が問題なのか示したいと思います。

 

①投資リターンが低い

 周辺エリアの投資用1棟マンションの取引相場は、NOI利回りで5.5%~6.0%、これは当然ですが、土地建物を合わせた売買金額に対する利回りです。この投資案件では、土地代を除外した投資額に対するNOI利回りが6.0%、という水準であり、これがどういう意味を持つかということはすぐにお分かりになるでしょう。

 

 実質的には「NOI利回り3.75%の投資」を誘引すること自体、大変問題が大きいと言わざるを得ません。そして、この大きな原因は、建築コストにあります。

 

 もう一つ、思い出していただきたいのは、この場所が自宅であったことです。このオーナーは、自分の居住スペースをこの建物内に確保しなければならず、その分だけ収入は減って、実際のNOI利回りはさらに低い水準となるのです。

 

 それでも、保有している分には2億5000万円の6%、約930万円のインカムゲインがあります。ただし、そこから借入金の元利返済が差し引かれます。年利1%、35年返済で調達できたとして、1年間に847万円の返済額です。NOIとの差額83万円(これが手取り額)。ここから所得税や住民税を支払います。少しでも空室があれば、持ち出しになる水準で、とても心配になります。

 

②売却価格が低下する

 投資利回りが低いことの問題点は、売却時に一気に露呈します。売却時(もちろん「土地建物」!)の価格は、「収益還元法」で決まります。NOIが新築当時の1500万円で維持されていたとしても、NOI利回り5.5%の売却で、2億7272万円、6.0%で2億5000万円、ほぼ「建物分」にしかなりません。

 『賃貸マンションを建ててしまったために、土地の価値がほぼゼロになってしまった』ということなのです。しかも、80代の高齢者に、投資リスクを負わせているのです。

 

③相続対策になっていない

 最大の問題点は、実は、この事業自体が相続対策になっていないということです。この土地の前面路線価は1㎡あたり235千円、坪単価776千円です。仮に更地であれば、相続税評価額は約9300万円ですが、別居する子供たちは持ち家住まいではなく、特定居住用宅地として、330㎡までの部分について80%の評価減の対象です。金融資産などを含めても正味の遺産額は、基礎控除額を下回っているか、上回ったとしてもわずかである可能性が高いのです。

 つまり、相続対策としてなら賃貸マンションを建設する必要はなかったと言えるのです。

 

 このように、低収益の賃貸マンションを建設することは、相続税の節税効果が薄く、場合によっては逆効果になってしまうのみならず、売却時に大きな不利益を被る可能性が極めて高いのです。この事実を、果たしてハウスメーカーの営業マンがどこまで認識し、顧客に説明したのかはなはだ疑問です。

 

 蛇足ですが、相続対策は「節税対策」だけではありません。「納税資金の確保」や「円滑な遺産分割」も対策が必要な重要なポイントです。

 特に相続人が複数の場合、不動産があることにより円滑な遺産分割を妨げる、つまり「争族」の原因になることもあります。高齢の土地所有者は、「相続対策」という言葉に弱く、しかも、自分の本当のニーズがどこにあるのか把握していないことも珍しくありません。

 企業側の姿勢について大きな疑問を持つと同時に、所有者側にも慎重な検討を呼びかけたいと思います。