不動産投資編 第13回 「不動産と金融」物語(リーマン後) | 「不動産リテラシーの向上で老後の安心生活を」シリーズ投稿始めます

「不動産リテラシーの向上で老後の安心生活を」シリーズ投稿始めます

中小企業診断士 桑岡伸治のブログです。このたび、「老後の安心生活」実現を目的に、不動産に関する様々な情報を提供するシリーズ投稿をはじめます。
はじめにプロローグをお読み下さい。
ひとりでも多くの方が、Happyになりますように!

 不動産の価格は、リーマンショックの直後が最も安かったと思われている方が多いかもしれませんが、その当時、営業の最前線で取引していた感覚では、実際にはリーマンショックが起きる前、「サブプライムローン問題」がマスコミを賑わしていたころが底値だった思います。金融機関が不動産担保融資に対し極めて消極的で、既存の融資についても何かと理由をつけて返済を迫っていました。

 あのから間もなく20年。リーマンショック、アベノミクス、異次元の金融緩和と、不動産は金融に翻弄されてきたと感じるのは、私だけではないでしょう。今回は、思い出話を…。

リーマンショック前まで

 2001年頃から本格化した不動産証券化の広がりで、2000年代半ばには、投資適格とみなされた不動産は急激に値上がりし、2006年頃には東京都心の収益不動産は、2%を切るようなNOI利回りでの取引も珍しくなくなっていました。「NOI利回り2%」というのは、減価償却前、税引前の収益で、業務にかかわる人の人件費をはじめとする販管費を考慮すれば、完全に赤字です。

 

 それでも「カネ余り」を背景に、多くの不動産投資ファンド、不動産会社は、物件を仕入れなければならず、アクイジション(=物件購入)担当者が鉛筆舐め舐め、「さも、将来の収益が期待できるかのようなレポートを作成して」、高値の物件を取得していました。「そろそろ危ない!」といいながら。

 

 ここのロジックは、一般的な感覚ではピンとこないと思いますが、

  • 「投資家のお金が既に用意されている状態で投資先を探してくるのを待っている」
  • 「運用を任された投資運用会社は、どうしても投資物件を確保する必要がある(それが仕事)」
  • 「その結果、何とかして購入したいという意思が働いている」

 そのような状況と考えていただければよろしいかと思います。全速力で走る電車は、急には止まれない、投資の世界もそういう慣性の法則が働くのでしょう。(笑)

 物件の取得担当者は、「取得できるかどうか」で実績評価されますし、「買え‼」が社命なのだから、サラリーマンならそれに従います。だから、現実性に乏しいレポートを作ってでも、投資のクライテリア(投資基準)を満たし(満たしているように見せかけて)、投資決定されるように努力するのは当然といえます。

 たとえば、「賃貸管理会社に高めに賃料査定を求める」、「鑑定評価額が高くなるように不動産鑑定士に依頼する」等。かくして、実際の収益力以上に高評価となった物件を取得することになる訳です。

 

 2006年の後半には、不動産業者の間で「(不動産価格が)高すぎる」「そろそろ危ないのでは」といった会話がささやかれるようになっていましたし、サブプライムローン問題が世間をにぎわせていた2007年には、不動産の買い控えも始まっていました。

 余談ですが、不動産の転売益を収益のメインとしている「不動産転売業者」は、安く買って高く売ることが商売の基本ですから、当然ながら、市場動向にはきわめて敏感です。そういう意味で彼らの会話は「先行指標」だと私は考えています。

 

 サブプライムローンは、「低格付けの住宅ローン債権を証券化して投資家に販売したもの」ですが、この債権はいろいろな金融商品の運用対象に組み込まれていたため、「その認識がないまま、サブプライムローンの投資リスクを間接的に負っている」ような金融商品がありました。実態がつかめないため、投資家の不安は増大していきました。

 不動産であろうと金融商品であろうと、投資判断の大前提は、「正確な情報」ですが、それは売り手において「きちんとリスクを測定し、開示している」という性善説に基づいていました。ところが、実際にはこれと正反対のことが行われていて、そのことが投資家の不信を招き、資金の引き上げに繋がってゆくのです。

 

 慌てたのが、ノンリコースローン(不動産担保だけに責任範囲を限定したローン)で資金を出している金融機関です。また、「メザニンローン(返済順位が他のローンより劣後するローン)」という、「よりハイリスク」なポジションのローンもあって、ここには政府系金融機関や不動産会社から、さらにはファンズ・オブ・ファンズの再投資先として、多額の資金が入っていました。

 そして、ついに、投資家の信用不安は不動産価格の下落を招き、金融機関は一斉に売却による資金回収に走りだします。私の肌感覚では、収益不動産の取引価格は、瞬間的にざっくり3割以上も下落したと思います。

 

 リーマンショックは、バブル崩壊の引き金になったというよりは、既に進んでいた崩壊への流れを「白日の下にさらす」役割を果たしたということではないかと思います。

 

 さて、その後…。

 

 振り返ってみれば短期間ではありましたが、不動産の買い手が消えてしまいました。今でも印象に残っているのは、「賃料が入らない不動産」、つまり「賃借人がいない更地」や「空き店舗」のような物件の売却が難しかったことです。賃料収入が入っていれば「利回り」という物差しで価格が割安な水準かどうか判断しやすかったのに対し、賃料収入がない不動産は、物差し不在で「底値」の判断ができなかったのです。

 その頃、仙台駅西口から徒歩約5分、幹線道路沿いにある土地が、坪当り150万円でなかなか買い手がつかなかったことを記憶しています。今なら、「坪500万円でも安い」と言われるでしょう。

底入れ、震災、アベノミクス

 2010年に入ると、「割安感のある不動産に対する需要」が、少しずつではありますが増えてきます。モラトリアム法(中小企業金融円滑化法)が施行され、債権者もデフォルトした債務者(不動産所有者)に、強く売却を迫ることはできなくなりました。徐々にではありますが、利用価値の高い不動産を中心に、不動産価格は上昇し始めます。

 

 東北エリアの担当だった私は、2011年3月11日も仙台に出張していました。その日は、打ち合わせが早めに終わったため、いったん会社に戻ろうと「仙台駅14:26発の新幹線はやて」に乗り込みました。そして、福島のトンネルの中でその時を迎えます。

 

 東日本大震災は、自然災害が不動産市況に大きく影響を及ぼすことを知らしめました。沿岸部の家を失った人たちが、内陸部の賃貸マンション・アパートを賃借し、また、県が「応急仮設住宅」として、一般の賃貸住宅を借り上げて被災者の住まいとして提供しました。

 それまで、7〜8割の稼働率だったアパート・マンションは軒並み100%稼働、ホテルや旅館も、続々と被災地入りする人々で満室になり、宿泊料は倍近い値上がりです。当然不動産価格は値上がりし、不謹慎な言い方ですが、被災地の不動産オーナー(だけに限りませんが)は、いわゆる特需の恩恵に預かったのです。

 この時期、もう一つ特徴的だったのが建築コストの激しい高騰です。鉄骨などの建築資材だけに止まらず、民主党政権下で、公共工事が減少したことや高齢化により、職人の廃業が増えていたこともあり、人件費が大幅に上昇、それまで坪当り60万円程度で建築できていた建物が120万円でも請け負う建設会社がないという異常事態になります。

 

 2012年末、第二次安倍内閣において、「アベノミクス」がスタートします。日銀は異次元の金融緩和を宣言し、不動産担保ローンは1%時代を迎えます。

 借り入れ当事者の与信によってばらつきはあるものの、住宅ローンもアパートローンと呼ばれる収益不動産購入者向け融資も、年利1%以下ということが珍しくなりました。また、大企業中心に企業の収益力が向上、インバウンド観光需要の高まりに東京オリンピックの開催決定も重なって、都心のオフィス・ホテル需要増加と再開発の伸張へとつながっていきます。

 

 収益用不動産価格も、都心マンション価格と同様に値上がりを続けますが、低水準での融資金利が下支えとなって、収益用不動産の需要が衰えることはありませんでした。そして、2016年には、ほぼリーマンショック前の利回りの水準となります。

 

 東京の都心部では、2〜3億円の築浅賃貸マンションのNOI利回りが、3%台まで下がったのですから、純然たる投資の対象としては旨味がありません。取引の多くが「相続税の節税目的の購入」と、それを出口(=転売先)としてアテにした「不動産業者の仕入れ購入」になっていきます。

 

 再び、いや三度、不動産業者どうしの会話に「(価格が)上がりすぎ」「そろそろやばいのでは」というやりとりが増えてきた2018年、スルガ銀行の不正融資事件が発覚します。

 

 この問題の詳細は、マス・メディアで報道されていますので、割愛しますが、これ以降スルガ銀行が得意としていた小規模(2―3億円程度)な収益用不動産への融資は、ほぼ止まってしまいます。スルガ銀行は、多くの地銀などが、1%程度(もしくはそれ以下)という低金利融資競争に走る中、「耐用年数の長いRC(鉄筋コンクリート)造の賃貸マンションに3%台半ばから4%という年利で長期の融資を貸し付ける」ビジネスモデルで高収益モデルを築いてきました。

 購入時の諸費用を含めた「フルローン」でも、「相対的な高金利」でも、返済期間を長くすることで、毎月の返済額は収入を下回るというところがミソです。

 

 この借り入れパターンは、元本の減り方が少なく、稼働率低下による収入減や多額の修繕費支出があったときには、「持ち出し」になってしまう可能性も高いことから、私はあまりお勧めしませんが、それでも、スルガ銀行以外から融資を受けられない投資家が、投資機会を得られそして大家さんとして成功している事例もあることから、一定の需要がありました。

 

 この不正融資事件がきっかけとなって、金融庁が融資審査の厳格化に踏み込んだことで、収益不動産に対する融資が、厳しくなってしまいます。もちろん「融資ルールを守り適正に審査すること」は当然のことなのですが、今度は、形式的な基準に極端に傾倒して、十分に借り入れ可能と思われる投資家でさえ、融資が受けられない状況にまでになってしまいました。

 

 その融資姿勢が大きく変わってきたのは、2019年からです。地方銀行中心に、不動産担保融資に対する回帰が始まりました。地銀の顧客の多くは中小企業ですが、運転資金の融資はせいぜい数千万円です。それに引き換え、不動産の購入資金は「億単位」になりますので、地銀にとって貸出額を手っ取り早く伸ばすには、アパートローンはとても使い勝手が良いのです。

コロナ禍とその先

 政府の旗振りもあって、インバウンド観光客は順調に増加します。2019年の訪日外国人観光客数は3188万人、目標の4600万人到達も目の前となります。土地取引においては、ホテルデベロッパーの入札額に、マンションデベロッパーがついていけない状況になっていました。

 

 そして、2020年の「パンデミック」です。

 

 都心のオフィスから人が消え、オフィスワーカーを顧客にしていた飲食店が消えました。いや、正確に言えば「コロナ融資」で何とか食いつないでいましたが、3年間の据え置き期間が経過後、返済困難となった店舗から撤退していきました。ロシアのウクライナ侵攻後は、電気料金、ガス料金が高騰し、物流コストも増大し、人手不足に人件費高騰と、テナントの経営環境は、厳しくなる一方です。

 

 既に「不動産バブルは崩壊した」という人も、「静かに崩壊が進行中」という表現を使う人もいます。日本全体では、急激な少子化が進み、後期高齢者となった団塊の世代が寿命を迎える「多死社会」も目の前まで来ています。

 日本人だけでは、全体的な不動産需要は縮小の一途。都心回帰の人口移動が、タワーマンションが象徴する都心駅前物件の価格を押し上げてきましたが、今後は、「実需も投資も外国人頼み」という可能性が益々高まります。

 

 正直なところ、マクロトレンド的には、不動産の明るい未来を描くことが難しいでしょう。住宅を買うにも収益用不動産に投資するにも、地域、街、物件をよくみて、時期も選んで慎重に対処すべきタイミングにあることは間違いなさそうです。