せめて、真崎らしく。 -44ページ目

せめて、真崎らしく。

そんな感じです。


ブログをご覧の皆さま
いつもありがとうございます
真崎です











ずっと思ってました




「謙虚ってなんですのん」









『謙虚』



こいつの正体がイマイチ掴みきれなかったです





「謙虚な姿勢が大切だ」


みたいな感じで
一般的には言われているけど




感覚的には分かるんですけど


"なぜ「謙虚」が大切なのか"


自分の言葉では
うまく説明できずにいました








2年前の冬
真崎@3年生で就活始めたばかりの頃




"すごい"と言われる学生に出会いました




確かになんかすごかったです


彼は就活生じゃなかったんですけど
既に数社から入社オファーがきていたり
知識教養が豊富で
すごく頭の回転が速くて




なんかすごくて


反面


なんかものすごく
近づきにくい雰囲気がありました






その理由が後々分かったんですけど



彼のスタンスとして




「謙虚」を毛嫌いし

「傲慢」を武器とする




というところがあったらしいです


(自ら発信していました)





彼にとっての「謙虚」とは
ものすごく極端に言えば


「へりくだって人にヘコヘコする」

「自分の限界に挑戦せず小さくまとまる」


という事だったみたいで




そんな人がいれば見下して切る

傲慢さを武器にして上に食らいつき成長する



というスタンスで
今まで生きてきた、という感じでした



(その後その姿勢を見直したようです)









当時は真崎自身も

「謙虚」という姿勢に対してどこか懐疑的でした





上記の彼の話を聞いた時に


「そうじゃないとは思うけど」


と感じてはいたのですが









なぜ自分自身


「謙虚」に違和感を持っていたのか




ずっと上手く言語化できないままでした















『悪について』


という本を今読んでいます


(中島義道著 2005年 岩波新書)









経緯を話します





『悪の経典』


という
サイコキラーin学校の映画が公開しました



映画はまだですが小説を軽く読んで

とりあえずその内容がショックすぎて

「感情がないってどゆ事?」と震えて

"サイコパス"という言葉に出会って

"サイコパス"について調べて

"反社会性人格障害"というものらしくて

≪サイコパス=生まれながらの悪≫と表記されていて

その表現がなんか引っ掛かって

「じゃあそもそも"悪"ってなんですのん」と思って

"悪"についてもっと考えたくなって

大学の図書館でうろうろしてたら

「やあ☆」みたいな感じで真崎の目を惹きつけてきた







『悪について』



という本を読んでいます







非常に哲学的です


最近重松清しか読んでなかった真崎にとっては
少々難解な内容です


最初の10ページだけで
理解できずに3回読み返して

60ページに辿り着くまでに
5回くらい腹痛でトイレに駆け込みました


それくらい難解です






その『悪について』の第2章が



≪自己愛≫


というテーマになるのですが





ここで書かれていた

「謙虚」に関する記述が



あまりにも的確に


真崎が持つ「謙虚」への違和感を表現してくれていました









ドイツの哲学者

イマヌエル・カントの言葉の引用です








【一見自己否定的であり謙虚を装うことによって、いっそう確実に、他人の判断において自己に卓越した価値を与えるために、身を隠して前進するのである(『人間学』より)】













「真崎は謙虚だ」


と言われる事がよくありました




自分自身

自然とやっている部分もあれば
正直意識している部分もあります




真崎は非常に自己顕示欲の強い人間なので
気を抜けばつい自分を誇示しようとしたり自慢に走りそうになったりします



その一方で


そんな真崎の言動を
周囲はどう感じるのか


と、考えることにも余念がありません

ビビりだからです





どのような態度や言動が


人に対して好感を与えるのか


もしくは人を不快にさせるのか




その辺りは
肌感覚で少し理解してはいたので


できるだけ前者となれるよう
ある程度自分の言葉や行動をその照準で選択してきたと思っています



冗談っぽく自己否定したり

自分が褒められたら
他の人にその矛先が変わるように振る舞ってみたり







そのような諸態度が
「謙虚」だと言われていたから



真崎は

「謙虚」を疑っていたのだと思います









要は



真崎にとって「謙虚」とは



人から嫌われないために
(≠好かれるために)

自分を守るための鎧であり





その本質は非常に"自分本位"なもので



ゆえにとても不自然な状態だと感じていたようです






















最近思うんですけど






「謙虚」って大切です











森光子さん


という


「昭和の大女優」と呼ばれた方が
先日亡くなられました





私自身彼女の事は
あまり知らなかったのですが


ニュースや特別番組で

生前の森光子さんの姿や
森光子さんと関わりのある俳優の方々が話す事を聞いて






森光子さんの人間性に


心から感動させられました






と、同時に





「謙虚って大切ですやん」



と、思いました






ご年齢的にも
その生き様をとっても


周囲から多大なる尊敬を集める存在で

実際多くの賞賛も浴びていたと思います







それに対して


驚くぐらい、高ぶらないんですね







ベテランや新人関係なく
共演者の事をよく観察していて
その人の為になるアドバイスを丁寧にしていたり




『放浪記』の2000回記念講演の時
コメントを求められてマイクを手にした森さんは

自分の事よりも先に
周りにいる共演者や応援者の方の話をしていて

その場にいた
関わりの深いジャニーズメンバーが
出会った当初からどれだけ成長したのかという事を話されたり




舞台のスタッフ関係者各位には
丁寧に頭を下げてお礼を言って回ったりしている場面が
よく放映されていました








非常に、魅力的な方だと思いました




森さんの事をよく知らなかった身で
ニュースやたった2時間の特番を見ただけで常日頃の活躍を見てきたわけではないですが




周りの人を大切にしながら


『私は放浪記をやるために生まれてきたんだと思います』

と言い切る姿





その姿勢と生き方は

本当に人の心を動かすのだと



非常に感動させられました












そして



森さんが

関係者各位に頭を下げて回る時




言っていたこの言葉












『皆さん、いつもありがとうございます』












「謙虚」って



つまりは全部


この言葉に集約されるのではないかと思いました








自分の現状

スキル・実績・財産・知名度、その他諸々




それらに満足せず


「小さくまとまる事なく自分の限界に挑戦する」



のは、別に好きにすればいいんですけど






『「謙虚」な人はそれをしない』


を、証明するものはなにもありません




それは「謙虚」の的を外していると思います








「謙虚」という手段を使った

自己防衛や「誠実キャラ」づくりのような下心ありきではなく









至極ナチュラルに





『皆さん、いつもありがとうございます』








思えること

伝えられること









これが「謙虚」という事ではないか



と、真崎は思います















「謙虚さ」は大切だと思うのです








「謙虚さが大切」という理由になるかは分からないですが



森さんの特番を見て

森さんと関わる人たちがみな

そんな真摯で一生懸命で且つ「謙虚」な森さんに心を惹きつけられる様子が見えました







『求心力』を構成する


ひとつの大きな要素なんだと思います



(『求心力』についてはいつか考えまとめて記事にしたいと思っています)







上記の彼(過去Ver)のように

いかにスキルナレッジが優れていようと






真崎は


「傲慢」な人には心惹かれないです


そこ発信の『求心力』ほど危ういものもないのではと思っています








「謙虚」や「傲慢」

などといった姿勢の背景には






きちんと



その方の人間性が見えるものだと感じます













『皆さん、いつもありがとうございます』







という気持ちを





忘れないように

気を付けていきたいと思う次第です



















パーマあてました




真崎







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ブログをご覧の皆さま
いつもありがとうございます
真崎です












ブログにも再三登場している



SHINさん

という方がいます





おさらいがてら説明させてもらうと




来年から真崎がお世話になる
(株)SHINRIの社長であり


かれこれ10年間
教育一筋で生きてきた人であり


真崎が非常に尊敬している
教育者であり


多少胸板が厚い方です










つい先日

そのSHINさんからこんなメールが来ました








S「むっちゃん、12月9日とか忙しい?」








ちょうどその時期

真崎は真崎(母)によって
タイに強制送還される予定です




その日は忙しい旨をお伝えして

SHINさんの質問に意図をお聞きしたところ




S「生徒たちがテスト前なんだけど、どうしても外せない予定があるから、テスト直前勉強会任せられる人いないかなぁと」







生徒たちの学習環境をつくるために

SHINさんはマンションの1室を
まるまる借りています




SHINさんの言う

「テスト直前勉強会」

というのは


おそらくそのマンションで
生徒を集めて行われる勉強会の事だと思うのですが






SHINさんに
そのお話をいただいた時



願ってもない機会に
心躍る真崎がいる




その一方で







確かにその時


真崎は

心の中で




カイジの効果音が鳴るのを聞きました








( ´ Д `)ざわ…








S「科目は全科目!ガッツり教えるというより、監督しながら質問でたときに、答えて行く感じだよーー♪数学から英語から、理科から、世界史まで、いろんな質問が飛び交う( ´ ▽ ` )ノ」









( ´ Д `)ざわ…








む「もし参加させてもらえるなら、それまでに真崎がやっておくべき対策は、テスト範囲を生徒以上に予習しておくことですかね??」




S「テスト範囲というより、幅広い小学生~高校生の知識を頭に入れてイメージ化しておくことだね^▽^」









( ´ Д `)ざわ…









S「問題を見た瞬間に、おれにとっての世界史のように専門外の科目だったり、超難関大学の問題以外は、瞬時に、ぱっぱとヒントを与えられるくらいの学力が求められる(≧∀≦)」










( ´ Д `)ざわ…










( ´ Д `)ざわっ!






( ´ Д `)まじかっ!






( ´ Д `)てかこれかっ!









SHINさんの顔文字が
いちいち可愛いという事もあるのですが

(例→(≧∀≦))





来年から働くにあたって




楽しみな気持ちが大きい


その反面で




よく分からないけど


なぜか心がもやもやしてしまう





その理由が




このやり取りを通して


「( ´ Д `)!」


になりました








ようは



あろうことか

知らず知らずのうちに真崎は





社長のSHINさんと




おもいきり


比較を起こしていたみたいです











最初にも書きましたが



SHINさんは


大学時代からずっと
教育に対して志を持って行動してきた方で


塾講師時代から
その実力が高く評価されていて


今も家庭教師をしていて
口コミでその人気が広がっていってて
実績もしっかり上げていて





一方の真崎は



大学時代は
興味の対象を絞り切れずに
せわしなくいろんな事をしてきて


子ども教育でいこうと決めたのも
ほんのここ1年の話で
指導経験も短くて


手元に残った実績といえば

「幹事を担当した飲み会の件数」
「つくったコールの個数」
「安定した飲み会満足度」


ぐらいしかないわけで







指導などのスキルや

その他諸々の知識の量は






当たり前だけど



SHINさんの方が


「上」


なわけで








非常に怖かったです


生徒たちに

「吉田先生の方が分かりやすいー」
「吉田先生が良いー」

って言われたり





保護者の方に

「吉田先生に変えていただけますか?」



みたいな感じになるんじゃないかと


そうなったらどうしようかと






おおいにSHINさんと比較して




そして



すこぶるネガティブに解釈して

勝手に不安を覚えていたようです











真崎は比較しやすいです





比較することが一概に悪いとは言えず



それによってモチベーション上がったり

自分の現在地を把握したり



そういう人もいると思うんですけど







真崎の場合は




無意識の間に人と比較して


勝手に落ち込んだり不安になったりします








比較しても意味ないよー


自分は自分だよー





とか言われても






「だってしちゃうんだもの」



って感じなわけです










比較が起きてしまうのは


なんかもう

性格上結構どうしようもない事なので















「比較を振り払う公式」




つくりました









自分が比較に入った時

この公式を思い出して



「いかんいかん」


と、戻ってこれるようなやつです










人に紹介するのは初めてです


多少どぎまぎしてます















真崎の考える





「比較を振り払う公式」
















自分の「why」

×

国防に生きる男の言葉



ただいま戻りました








です


















自分の「why」

×

国防に生きる男の言葉



ただいま戻りました








です(2回目)














「why」ってのはあれです



以前の記事にも書いたんですけど



自分にしかない

情熱の根源みたいなやつです







「how」「what」の部分で

「教育」という共通のフィールドを選んではいますが




SHINさんと真崎の「why」は違います






SHINさんは


「学問の面白さを伝える」

であったり

「本質を伝える」


みたいな「why」を持っています

(言葉が違ってたらごめんなさいSHINさん)






一方の真崎は
あんまり「教える」事に情熱はなくて




まだうまく言語化できてないけど


「子どもの心を健やかにしたい」


っていう「why」があります








「how」「what」だけでは

比較が起きます



指導の上手さとか

知識量とか




真崎が比較を起こしているのは


「how」「what」のフィールドなわけです





「why」は比較しようがないです


その情熱に優劣はありません





それぞれが素晴らしく


それぞれがこの世に必要なんだろうと勝手に思っています







なので比較が起きた時は



『自分の「why」を振り返る』



という事をしています

















『国防に生きる男の言葉』







気になったまま

ここまで読み進めてくれているという期待と希望に胸を膨らませているのですが








この言葉を思い出すたび


真崎はベチコンと頬を打たれる気分になります


「ハッ」てなります








過去に共通のセミナーを受けた関係で


たまたま知り合った方がいます




真崎よりも3つほど年上で

真崎が大学3年で出会った時は

その方もまだ学生でした





非常に勤勉で行動力があってストイックな方です



真崎が逆立ちしても入れないような


「すごい」会社に入社しています





(最近思うんですけど、直立しててもできないのに逆立ちしたらもっと無理ですよね)







真崎のSNSの記事に興味持ってもらって


一度飲みに誘ってもらって




(ふたりで浴びるほどコークハイを飲むという)関係を持ちました







『国防に生きる男』



というのは

その方のお父様です



まさに「国を守る」というお仕事に従事されている方だそうです







その先輩が

内定者研修に参加していた時の様子を

SNSの日記に書いていました





その方も非常に優秀な方なのですが

周りの内定者も

とてもとても優秀な方々だったそうで





その方は研修中


比較によってかなり落ち込んでいたようです






その時に


お父様が息子宛てに送ったメールを

SNSの記事に載せていました






比較に苦しんでいる息子に対して


「社会人の先輩」として




『今本当に考えるべきことはなにか』




といった内容の事を書かれたようでした






人との比較?

それが本質?



といった言葉がありました







全文を載せるわけにはいかず


それによって伝わり方が変わるかもしれませんが





そのメールの中で


真崎が頬をベチコンやられた言葉は




これでした


















【人との比較、競争は、間違った仕事と人生を生む可能性がある】





















この言葉が真崎に響いた理由は



自分が常に


人との比較の中にいて



比較からの意思決定をしてきたからだと思います







高校生までは

比較による優越感



大学生になってからは

比較による劣等感



を、感じることが多かったです







中高生時代は



「勉強できます!」

「運動できます!」

「存在感もあって目立ちます!」



みたいな感じでした







その当時の経験からか




「人より「すごい」と思われたい」




みたいな欲求が

確かに真崎の中にありました







だから


自分の興味関心よりも
偏差値の高さで

自分の進路を決定しました




周りからは

「すごいね頭いいんだね」

と言われました







学部では真崎よりも

断然頭よくて優秀で志高い人たちがいました

ものすごい劣等感でした







大学に入ってから

いろんなことに挑戦してきました




そして


それをいちいち

mixiやTwitterで

さりげなく周りにアピールしていました




そしたら

「すごいねなんかいろいろ頑張ってるねすごそうな事たくさんやってるね」

と言われました






だけど

周りを見たら


自分より「すごい事」してる人はたくさんいました








就活に関しても



「すごいと思われたい」



という"軸"は

正直ありました






サークルの中では

「早く内定もらえたが人すごい」

という空気が蔓延していました





なので


一番最初に内定をもらった会社に決めました




「すごいね早いね」


と言われました







真崎の所属学部の人は


聞くと多くが名立たる大企業へ就職したようでした






なんだか



よく分からない劣等感らしきものがありました








内定辞退して

もう1度就活を始めるとなった時



どこかでまた



名立たる大企業を

名前に惹かれて

見ようとしている自分がいました






なおも「すごい」と思われたかったです





公務員の母と比べても


「ここなら納得」


と思わせられるような企業に入れたら





そうどこかで思っていました











就活の途中で


運よくSHINさんと出会えたので





今は


自分が一番納得する形で就活を終えていますが











「本当に自分が求めていること」



と、あの時向き合わせてもらえなかったら











もしかしたら







「子ども教育」


という道を選ぶことなく









過去に同じく




比較による意思決定をしていたかもしれないです














人と比べて


優越感と劣等感を交互に感じてきた経験を通して





すごく思います









「how」「what」での比較の先には



更なる比較しかないです







人と比べて優越する生き方には



結局いつだって



表裏一体で劣等感がつきまといます


















【人との比較、競争は、間違った仕事と人生を生む可能性がある】









まさにそうだな


と思ったので







パクりました

















自分の「why」

×

国防に生きる男の言葉



ただいま戻りました








です



(一応説明しておくと「ただいま戻りました」は比較終了ということです)







良かったら


頭の片隅にでも留めておいてもらえると嬉しいです






反響によっては


特許出願します





真崎








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いつもありがとうございます
真崎です














「イイネ」


ってあるじゃないですか










「イイネ」関連で


最近よく感じるのが









「いいの?」




です














「失礼します!今〇〇頑張っています!イイネ押して下さい!よろしくお願いします!!」






「知り合いが〇〇に出場しています!応援して下さい!イイネお願いします!」












という書き込みをよく見たり




時にはなんの前触れもなく


上記のようなメッセージが来たりします










こういう書き込み見たり


メッセージ来たりすると



あれなわけです











真崎は内心




「えーい」と


ちゃぶ台ひっくり返してるわけです














それぞれに意図があると思うので


一概に否定したいわけではないのですが








例えばその書き込みを見て


「イイネ」が押されたとして







押した人の中でどれくらいの人が





その「イイネ」したコンテンツをしっかり見たのか


本当に「イイネ」と思って押したのか





結構疑問に思っています












個人的には



建前の「イイネ」は優しさじゃないと思います



むしろ失礼だと思っています








「イイネ」を押す事が


応援の本質なのか





とりあえず「イイネ」を多く集めることが


本当に「良い評価」になるのか
















「イイネ」だろうが



「ヨクナイネ」だろうが







真剣にその作品を見て



率直に評価をする事が






つまるところ





作者の為であり


作者に対する誠意だと思います











個人的には


「イイネ」集め合戦は嫌いです











もちろん



本気で応援したくて

その作品を多くの人に広めるきっかけとして拡散していく



というのは、素敵だと思います








しかし



「知り合いが〇〇に出場しています!応援して下さい!イイネお願いします!」



みたいな文章が来たら







真崎が赤ペン先生なら


余裕でペケつけます








理由まで
細かく書くつもりはないのですが




それを見た人がどう感じるか


一度読む側の視点に立って考えてみてほしいって思います







表現次第では


作者の「徳」まで下げかねないと思っているので







本気で応援したいなら


それなりの「見せ方」があるのではないかと


真崎は思うわけで
















つまるところ

何が言いたいかというと







「大学生ブログランキング」

登録しましたという事です




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真崎はブログを書きます


いずれ本も書きたいです






その「why」は


「言葉を通して大切な事を伝えたい」

「言葉を通して人の心を健やかにしたい」


です







ブログランキングに登録したのは


少しずつでも


より多くの方に拡げていきたいと思っているからです












一方で



これに登録する際に

気を付けたいと思ったのが




「失礼します!今〇〇頑張っています!イイネ押して下さい!よろしくお願いします!!」



の、ノリで




「ブログランキング登録しています!クリックして下さい!よろしくお願いします!!」




は、絶対したくないという事です










良いものは広まるし


良くないものは広まらない




そういうものだと思います








1人でも2人でも

このブログを読んでいただける事が

そこはかとなく嬉しいです




且つ


上記のような真崎の想いに共感し


記事に共感し




「イイネ」



って


心から感じてもらえた際に

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真崎は




とめどなく


歓喜沸き立つわけです












良いものは広まるし


良くないものは広まらない






良くない、と思ったら



「反応しない」



というのも





ひとつの評価であり


優しさだったりする気がします










というわけで


今更ながらブログランキング参加する事にしましたので





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真崎






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