ブログをご覧の皆さま
いつもありがとうございます
真崎です
ブログにも再三登場している
SHINさん
という方がいます
おさらいがてら説明させてもらうと
来年から真崎がお世話になる
(株)SHINRIの社長であり
かれこれ10年間
教育一筋で生きてきた人であり
真崎が非常に尊敬している
教育者であり
多少胸板が厚い方です
つい先日
そのSHINさんからこんなメールが来ました
S「むっちゃん、12月9日とか忙しい?」
ちょうどその時期
真崎は真崎(母)によって
タイに強制送還される予定です
その日は忙しい旨をお伝えして
SHINさんの質問に意図をお聞きしたところ
S「生徒たちがテスト前なんだけど、どうしても外せない予定があるから、テスト直前勉強会任せられる人いないかなぁと」
生徒たちの学習環境をつくるために
SHINさんはマンションの1室を
まるまる借りています
SHINさんの言う
「テスト直前勉強会」
というのは
おそらくそのマンションで
生徒を集めて行われる勉強会の事だと思うのですが
SHINさんに
そのお話をいただいた時
願ってもない機会に
心躍る真崎がいる
その一方で
確かにその時
真崎は
心の中で
カイジの効果音が鳴るのを聞きました
( ´ Д `)ざわ…
S「科目は全科目!ガッツり教えるというより、監督しながら質問でたときに、答えて行く感じだよーー♪数学から英語から、理科から、世界史まで、いろんな質問が飛び交う( ´ ▽ ` )ノ」
( ´ Д `)ざわ…
む「もし参加させてもらえるなら、それまでに真崎がやっておくべき対策は、テスト範囲を生徒以上に予習しておくことですかね??」
S「テスト範囲というより、幅広い小学生~高校生の知識を頭に入れてイメージ化しておくことだね^▽^」
( ´ Д `)ざわ…
S「問題を見た瞬間に、おれにとっての世界史のように専門外の科目だったり、超難関大学の問題以外は、瞬時に、ぱっぱとヒントを与えられるくらいの学力が求められる(≧∀≦)」
( ´ Д `)ざわ…
( ´ Д `)ざわっ!
( ´ Д `)まじかっ!
( ´ Д `)てかこれかっ!
SHINさんの顔文字が
いちいち可愛いという事もあるのですが
(例→(≧∀≦))
来年から働くにあたって
楽しみな気持ちが大きい
その反面で
よく分からないけど
なぜか心がもやもやしてしまう
その理由が
このやり取りを通して
「( ´ Д `)!」
になりました
ようは
あろうことか
知らず知らずのうちに真崎は
社長のSHINさんと
おもいきり
比較を起こしていたみたいです
最初にも書きましたが
SHINさんは
大学時代からずっと
教育に対して志を持って行動してきた方で
塾講師時代から
その実力が高く評価されていて
今も家庭教師をしていて
口コミでその人気が広がっていってて
実績もしっかり上げていて
一方の真崎は
大学時代は
興味の対象を絞り切れずに
せわしなくいろんな事をしてきて
子ども教育でいこうと決めたのも
ほんのここ1年の話で
指導経験も短くて
手元に残った実績といえば
「幹事を担当した飲み会の件数」
「つくったコールの個数」
「安定した飲み会満足度」
ぐらいしかないわけで
指導などのスキルや
その他諸々の知識の量は
当たり前だけど
SHINさんの方が
「上」
なわけで
非常に怖かったです
生徒たちに
「吉田先生の方が分かりやすいー」
「吉田先生が良いー」
って言われたり
保護者の方に
「吉田先生に変えていただけますか?」
みたいな感じになるんじゃないかと
そうなったらどうしようかと
おおいにSHINさんと比較して
そして
すこぶるネガティブに解釈して
勝手に不安を覚えていたようです
真崎は比較しやすいです
比較することが一概に悪いとは言えず
それによってモチベーション上がったり
自分の現在地を把握したり
そういう人もいると思うんですけど
真崎の場合は
無意識の間に人と比較して
勝手に落ち込んだり不安になったりします
比較しても意味ないよー
自分は自分だよー
とか言われても
「だってしちゃうんだもの」
って感じなわけです
比較が起きてしまうのは
なんかもう
性格上結構どうしようもない事なので
「比較を振り払う公式」
つくりました
自分が比較に入った時
この公式を思い出して
「いかんいかん」
と、戻ってこれるようなやつです
人に紹介するのは初めてです
多少どぎまぎしてます
真崎の考える
「比較を振り払う公式」
自分の「why」
×
国防に生きる男の言葉
=
ただいま戻りました
です
自分の「why」
×
国防に生きる男の言葉
=
ただいま戻りました
です(2回目)
「why」ってのはあれです
以前の記事にも書いたんですけど
自分にしかない
情熱の根源みたいなやつです
「how」「what」の部分で
「教育」という共通のフィールドを選んではいますが
SHINさんと真崎の「why」は違います
SHINさんは
「学問の面白さを伝える」
であったり
「本質を伝える」
みたいな「why」を持っています
(言葉が違ってたらごめんなさいSHINさん)
一方の真崎は
あんまり「教える」事に情熱はなくて
まだうまく言語化できてないけど
「子どもの心を健やかにしたい」
っていう「why」があります
「how」「what」だけでは
比較が起きます
指導の上手さとか
知識量とか
真崎が比較を起こしているのは
「how」「what」のフィールドなわけです
「why」は比較しようがないです
その情熱に優劣はありません
それぞれが素晴らしく
それぞれがこの世に必要なんだろうと勝手に思っています
なので比較が起きた時は
『自分の「why」を振り返る』
という事をしています
『国防に生きる男の言葉』
が
気になったまま
ここまで読み進めてくれているという期待と希望に胸を膨らませているのですが
この言葉を思い出すたび
真崎はベチコンと頬を打たれる気分になります
「ハッ」てなります
過去に共通のセミナーを受けた関係で
たまたま知り合った方がいます
真崎よりも3つほど年上で
真崎が大学3年で出会った時は
その方もまだ学生でした
非常に勤勉で行動力があってストイックな方です
真崎が逆立ちしても入れないような
「すごい」会社に入社しています
(最近思うんですけど、直立しててもできないのに逆立ちしたらもっと無理ですよね)
真崎のSNSの記事に興味持ってもらって
一度飲みに誘ってもらって
(ふたりで浴びるほどコークハイを飲むという)関係を持ちました
『国防に生きる男』
というのは
その方のお父様です
まさに「国を守る」というお仕事に従事されている方だそうです
その先輩が
内定者研修に参加していた時の様子を
SNSの日記に書いていました
その方も非常に優秀な方なのですが
周りの内定者も
とてもとても優秀な方々だったそうで
その方は研修中
比較によってかなり落ち込んでいたようです
その時に
お父様が息子宛てに送ったメールを
SNSの記事に載せていました
比較に苦しんでいる息子に対して
「社会人の先輩」として
『今本当に考えるべきことはなにか』
といった内容の事を書かれたようでした
人との比較?
それが本質?
といった言葉がありました
全文を載せるわけにはいかず
それによって伝わり方が変わるかもしれませんが
そのメールの中で
真崎が頬をベチコンやられた言葉は
これでした
【人との比較、競争は、間違った仕事と人生を生む可能性がある】
この言葉が真崎に響いた理由は
自分が常に
人との比較の中にいて
比較からの意思決定をしてきたからだと思います
高校生までは
比較による優越感
大学生になってからは
比較による劣等感
を、感じることが多かったです
中高生時代は
「勉強できます!」
「運動できます!」
「存在感もあって目立ちます!」
みたいな感じでした
その当時の経験からか
「人より「すごい」と思われたい」
みたいな欲求が
確かに真崎の中にありました
だから
自分の興味関心よりも
偏差値の高さで
自分の進路を決定しました
周りからは
「すごいね頭いいんだね」
と言われました
学部では真崎よりも
断然頭よくて優秀で志高い人たちがいました
ものすごい劣等感でした
大学に入ってから
いろんなことに挑戦してきました
そして
それをいちいち
mixiやTwitterで
さりげなく周りにアピールしていました
そしたら
「すごいねなんかいろいろ頑張ってるねすごそうな事たくさんやってるね」
と言われました
だけど
周りを見たら
自分より「すごい事」してる人はたくさんいました
就活に関しても
「すごいと思われたい」
という"軸"は
正直ありました
サークルの中では
「早く内定もらえたが人すごい」
という空気が蔓延していました
なので
一番最初に内定をもらった会社に決めました
「すごいね早いね」
と言われました
真崎の所属学部の人は
聞くと多くが名立たる大企業へ就職したようでした
なんだか
よく分からない劣等感らしきものがありました
内定辞退して
もう1度就活を始めるとなった時
どこかでまた
名立たる大企業を
名前に惹かれて
見ようとしている自分がいました
なおも「すごい」と思われたかったです
公務員の母と比べても
「ここなら納得」
と思わせられるような企業に入れたら
そうどこかで思っていました
就活の途中で
運よくSHINさんと出会えたので
今は
自分が一番納得する形で就活を終えていますが
「本当に自分が求めていること」
と、あの時向き合わせてもらえなかったら
もしかしたら
「子ども教育」
という道を選ぶことなく
過去に同じく
比較による意思決定をしていたかもしれないです
人と比べて
優越感と劣等感を交互に感じてきた経験を通して
すごく思います
「how」「what」での比較の先には
更なる比較しかないです
人と比べて優越する生き方には
結局いつだって
表裏一体で劣等感がつきまといます
【人との比較、競争は、間違った仕事と人生を生む可能性がある】
まさにそうだな
と思ったので
パクりました
自分の「why」
×
国防に生きる男の言葉
=
ただいま戻りました
です
(一応説明しておくと「ただいま戻りました」は比較終了ということです)
良かったら
頭の片隅にでも留めておいてもらえると嬉しいです
反響によっては
特許出願します
真崎
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