せめて、真崎らしく。 -43ページ目

せめて、真崎らしく。

そんな感じです。



ブログをご覧の皆さま
いつもありがとうございます
真崎です












新年あけました









非常にめでたいので



宣伝します








前フリは長くなりますが

結論は宣伝になることをご理解下さい






とりあえず

せっかくなんで読んでみて下さい



九州に住んでる人とか

特に読んでみて下さい





宣伝とか嫌いな人は

とりあえずいっかい読んでみてから

ありったけの後悔と共に「←(戻る)」をクリックして下さい














今までブログでは
なんとなく名前だけ伏せてきたのですが


別に隠す理由もないなと
今更思ってきたので







名前出します


「Teach For Japan」です












「Teach For Japan」


という教育NPOに所属しています







Teach For Japanは、日本の教育格差を是正することで「すべての子どもが質の高い教育を受けることのできる社会の実現」に向け活動しています



という団体です

(HPコピペ)





説明書き出すといろいろあるので
とりあえずいっかい見てみて下さい


http://teachforjapan.org/





真崎は昨年の4月から
この団体の正式なスタッフとなりました





そして主に

「寺子屋くらぶ」

という
学習支援プログラムの運営に携わってきました





「寺子屋くらぶ」

の説明を軽くすると




一般公募で「学生教師」を募り

週1で2か月間
実際に公立の学校に学生教師を派遣

放課後や休日の時間を使って
学生教師が対象となる生徒・児童たちに勉強を教える


みたいなやつです






説明書き出すといろいろあるので
とりあえずいっかい見てみて下さい


http://teachforjapan.org/wordpress/get-involved/terakoya/













宣伝の前に




真崎の話になります








多少長いです


まだ「←」押すとこじゃないです













2011年の秋


真崎は
この「寺子屋くらぶ」に参加しました


3人の中学生の
「学生教師」になりました







当時、塾から内定をもらっていました






「教育業界に行きたい」
「子どもに関わりたい」

みたいな想いは一切ありませんでした




ただただ


「人の役に立ちたい」
「人の笑顔が見たい」
「人の成長を助けたい」

的な



人事からしたら「でってゆう」みたいな

青い気持ちだけ持って連戦連敗の就活をしていました




そんな中で
唯一内定をいただけたのが
その塾でした




集団指導の講師をすることになりました




指導経験はありませんでしたが
なんせ前で話すのが得意なので

「きっとちゃんと練習とか勉強とかすれば生徒にとってすごく楽しい授業ができる先生になれる」

と自信満々に思っていました








正直言えば


内定もらえたから、でした


その塾へ行くと決めた理由です









関東の友人とそういう話をしました



「なんで塾なの?」
「なんでその会社なの?」

と聞かれ



上記をそのまま答えました

ものすごく自信なさそうに答えました










数日後その友人から電話がかかってきて




「言うの迷ったけど、言うね」



「正直、真崎がなんで教育なのか、なんで塾の講師なのか、全然伝わらなかった。教育向いてないと思った。」





と言われ






その電話で号泣した記憶があります










「教育本気でやりたいんだったら、こういうのがあるよ。本当におすすめだから、いっかい話聞いてみてほしい。」





後日、その友人から紹介されたのが


「Teach For Japan」でした









彼はTFJ東京本部で
スタッフをやっていた人間で
過去に学生教師も経験していたようでした



ちょうどのそのタイミングで
関西で学生教師の応募が始まっていたので


「とにかくやってみよう」


と思って応募しました
すべての始まりでした






Teach For Japanでは

実際に教師として派遣する前に
「事前研修」を行います



チームビルディング

ビジョン共有

指導案作成

模擬授業

内省の方法

その他社会人になっても活用できる諸々の諸スキル



を、学んだり実践する研修です


あんまり詳しくは書きません
(やった人だけの秘密的なやつです)







その研修の中で
それぞれの参加目的や教育への想いを語る場面がありました




当時いっしょに研修を受けた

ものすごく無愛想だけど
ものすごく子どもが好きで
一番指導や子どもとの関わり方がうまい学生教師の人が




それらの研修を終えた最後に

こう言っていたのが

今でも忘れられません









「さっきからみんないろいろ想いとか理想を語っているけど、その"教師"が描く理想の中に、子どもが入ってるようにはまったく聞こえない」











正直



あの時自分がどんな理想を語ったのか



あり合わせの言葉で
想いの乗り切らない状態で


「子どもが自信を~夢を~」
「そのために自分のスキルを~」


とか言ってたような記憶だけあります








今なら



彼の言葉が

少し、理解できます





だけど当時は

ただもやもやする事しかできませんでした









そして


そんな状態のままプログラムが始まり





真崎の「師」となる


3人の生徒に出会いました










指導の2か月間

書き出すと止まらないので
細かくは書きませんが




挫折しかなかったです


成功体験なんてほとんどなかったです


今思い返しても
自分が生徒になにが残せたのか

全然自信がないです






会ったことのないタイプの生徒たちでした

口は悪く
想像以上にませていて
それなりに「悪い事」もしていて

関わり方も最初は迷いました







だけど


間違いなく生徒が好きでした









だから

本当に不甲斐なかったです




問題が解けなくて
真崎が教えるのが下手すぎて
ストレスから泣かせてしまったこと


ある生徒が
指導2回分丸々無視してきて
その理由が全然分からなくて
指導を見ていたスタッフに
後から理由と思われる事を教えられたこと





「あの子だけ少しずつ授業についていけなくなってた気がする」


「他の2人が理解できてきたから焦っているように見えた」


「真崎の説明の仕方は「勉強できる人」の説明になってて、それが彼女の「できない」という劣等感を刺激してたんじゃないかな」


「自分は昔勉強ができなかったから、なんとなく彼女の気持ちが分かる気がする」






不確実ではありますが

納得できる指摘でした








間違いなく生徒が好きでした








無視されるストレスから


生徒と向き合うことがしんどくなり
ガチで辞めたくなった時もあって


その指摘を受けた時

そんな自分が心底情けないという想いでいっぱいになりました










2か月の学生教師期間

「第2期寺子屋くらぶ@東淀川」
というプログラムを終えてから





第3期寺子屋くらぶ@東淀川

第4期寺子屋くらぶ@東淀川

寺子屋くらぶ短期夏プログラム@奈良市

第5期寺子屋くらぶ@東淀川

第5期寺子屋くらぶ@池田市

寺子屋くらぶ短期冬プログラム@奈良市







6つの企画に

今度は運営のサポートとして



サマプロ@奈良市
第5期@池田市

この2つに関しては
そのプログラムの責任者として



「寺子屋くらぶ」に

関わってきました






第3期の時は
スタッフではなかったのですが


自分のクラスの生徒が受験前という事で
ほぼ押しかけのごとく毎週指導には顔を出しに行きました




担当生徒含め

寺子屋くらぶに来ていた生徒全員が

第一志望に合格しました





「高校なんて別に行かんでえーやん」

と言っていた生徒が




なんだかんだで一生懸命勉強して

合格発表の時は

嬉しくて号泣してたらしくて





その場にには行けなかったのですが





2週間真崎を無視していた女子生徒が


そこに来ていた学生教師に



「真崎にお礼言いたいから、電話貸して」



と言ってくれていたと聞きました






期間中


意地でも「ありがとう」と言わなかった子でした






とりあえず


あの時電話出れなかった自分の


iPhoneの着信音量を「5」にしに行ってやりたいです


















36人の学生教師と


70人近い児童・生徒たちに


出会ってきました







「すべての子どもに」

と一言で言っても




本当にいろんな児童や生徒がいることを


現場の中で


ようやく知ることができました









本当に

いろんな人がいました








塾に行きたいけど行けない人

塾通いに劣等感を持っている人

高いレベルの高校への進学を目指す人

高校生活に憧れを持つ人

「高校なんて行かんでえーやん」と言う人

「どうせ自分なんて進学できん」と言う人

授業を逃げて暴れまわる人

大人に不信感を持っている人

「僕死にます」とよく口にする人

喫煙してる人

「真崎ちゃん女子力上げようね」という人

「一緒に遊びに行ける友達がほしい」という人

保育士になりたい人






勉強が好き
将来の夢がある
自分が好き


そんなアンケートの項目すべてに

「まったくあてはまらない」

とチェックを入れながら





「努力すればできるようになる」



にだけ


「とてもあてはまる」


とチェックをして




周りの友達とやんちゃしながら

寺子屋には毎回来て懸に命勉強していた人









いろんな生徒や児童がいました
















学生教師も

いろんな人がいました






小学校教員を目指す人

食育を広めたい人

子どもの人権に関心がある人

自分に自信がない人

家の経済事情で塾に行けなかった人

勉強がとても苦手だった人

昔不登校だった人

TFJに共感してくれた人

「教育NPO?胡散臭いぜふぁっく!」な人

アフロな人

イケメンな人

「自己成長」したい人

「週1指導じゃ足りないから平日も指導に来ていいですか?」という人

連続で教師応募してくれる人

生徒の志望校合格に号泣する人






大人に不信感があって

ずっと参加していなかった生徒に

毎週手紙を書き続けて



「〇〇先生に逢いたいので、これから参加したいです」



という手紙を受け取った人













いろんな人がいました











決して全員

世間一般でいう

「優秀」

な人、というわけではありませんでした






ただただ
真崎的に


例外なく

尊敬できるモノを持った方々でした













TFJに関わるまで

真崎は
大学生や高校生のキャリア教育支援に関わっていました




それらの経験を通して

単細胞系女子の真崎は



「夢とか目標があったら、人は自分で努力したり前向きに生きていけるんだ!!」



と思っていました






だから



中学生や小学生にも

そんなメッセージを伝えながら関わっていったらいいと思っていました












それが


「不正解」


とは、別に今も思わないです









ただ



それを描く自分は





「描く理想の中に、子どもの姿がまったく入っていない"教師"」





でした














現場で見た生徒・児童たちは


それぞれが
思っていたよりも
いろんなものを抱えていて


その中で


目の前にあるたくさんの事と

向き合いながら生きてるんだなあと





至極当たり前のことを



今になって知りました










1年前


自らが学生教師をした時とは

わりとスタンスが変わったなあと思います













1年間



運営側として

マネージャーとして



「寺子屋くらぶ」をつくってきました











マネージャーやりながら


正直、毎回思っていました












「学生教師、やりたいなあ」





















学生教師やることにしました









宣伝です


一緒に学生教師やりましょう









2月18日~22日


九州にて

寺子屋くらぶの短期プログラムが行われます



http://teachforjapan.org/wordpress/blog/2012/12/29/2013_kyushu_terakoya_winter/




これ、一緒にやりましょう




エントリーシートとか
面接とか
関西ならグループディスカッションとか



なんかいろいろ選考はあるので

真崎も絶対できるわけではないのですが








これ、一緒にやりましょう















期間は5日間です


自分が初めて
プロジェクトマネージャーをしたのが
5日間のサマープログラムで



最初に依頼された時




「いやいや5日間でなにができますのん」




今だから言える話で


ひたすらスタッフに愚痴ってました














「5日間でできることが、ある」




2度の短期プログラムで確信できたので


短期の学生教師やろうと思いました














スタッフとして関わってきた


真崎からの余談です






この経験を通して

得られるものはいろいろあると思います


且つ


それぞれ違うモンやと思います






もちろん研修やプログラムを通して

今まで蓄積してきたスキルやナレッジを提供したり

「こういうものが得られます」的な提示があるっちゃあるんですけど








総じて




「自己成長」を与えてもらおう





というマインドの人が





「自己成長」しているのをあまり見たことがありません











成長意欲が高い人は好きです

それに向かって貪欲に努力できる人とか尊敬します

(真崎はふて寝しています)








ただ




真崎が一緒にやりたい人を


おこがましながら言語化させてもらうなら








「目の前の相手の為に本気になれる人」








かなと思います












子どもは

目の前の大人のことよく見てます

すごくよく見てます





指導力も見ているし


心も見ていると思います











「目の前の相手の為に本気になれる人」



と、やりたいなと思っています






その先にある結果として


今までの学生教師の皆さんは




「自信」「思考の深化」「相手を観察する力」「話す力」「聴く力」「指導力」「仲間と協力すること」「ビジョンの確信」「教育に関する視野が拡がる」「人の為に本気になる経験」




上記は実際に聞いた一例ですが


いろんなものを得たみたいです









もし少しでも興味を持った方がいたら
「詳しく話を聞いてみたい」という方がいたら


直接でも
メールでも
電話でも
skypeでも
LINEでも
facebookでも
Twitterでも
文通でも


真崎が話せる限りのことを話したり
質問に答えたりはできるので


気軽にコンタクト下さい












もし「やる」ってなった方がいたら




http://teachforjapan.org/wordpress/blog/2012/12/29/2013_kyushu_terakoya_winter/






一緒にやりましょう


真崎は頭を抱えてESなうです














自分の団体のことを書くのは

いろいろ考えがあって意図的に出しすぎないようにしていたのですが




全面的に出してみました


ドヤァです









微力ながら



このブログを書くことで



ひとりでも多くの人が

Teach For Japanを知ったり




学生教師やスタッフに

応募するきっかけに




なったらいいなあと切に思います

































関西でもスタッフ募集中です






興味のある方は


kansai_rec@teachforjapan.org


にメール下さい


寺子屋くらぶ見学とかもできます










以上、宣伝でした




良い1年になることを祈っています






真崎






ブログをご覧の皆さま
いつもありがとうございます
真崎です













年の瀬なうです








年末のこのタイミングで書くブログ



この1年の出来事をざっくり書いてそこから学んだことなんか書いてみたりして最後にこの1年間に関わったすべての皆さまに感謝の意を伝えて軽く来年の抱負とか語ってみたりする年の瀬総括あるある記事




的なのよく見ます







真崎も毎年
自身のmixiやSNSのページで
その年の振り返り記事を書いていて



つい3日くらい前までは
例のごとく



「よし、今年ももうすぐ終わりだしやっぱりブログでなにか発信しておきたいから、この1年の出来事をざっくり書いてそこから学んだことなんか書いてみたりして最後にこの1年間で関わったすべての皆さまに感謝の意を伝えて軽く来年の抱負とか語ってみたりする年の瀬総括あるある的な記事を書こう!!」






思っていました












気が変わりました



「ひとり」について書きます









今年1年

本当に様々な経験をさせてもらった中で
「真崎」という人間について深く考える機会がたくさんありました





それらの結果として
今真崎の中に浮かんでくるのが


「独り」


という言葉なわけで







どうやら
真崎という人間がこれから生きていく中で



この

「独り」

というやつが



どうしても外せない
キーワードになってくるみたいです





なので




今年の総括代わりに

その辺の気付きを
まとめとこうかな的なやつです






かつてないくらい
真面目に書きます


紅白見てて
演歌になった時にでも読んで下さい


できれば正座で読んで下さい

















『人はひとりじゃ生きていけない』







名言あるあるです






そして
今年の様々な経験を通して気付いたんですけど



真崎が23年間生きてきて
その中での経験を通して伝えられる




唯一の真理が



『人はひとりじゃ生きていけない』



です




知ってた方がいたらごめんなさい










この言葉に対する解釈って
多分人によっていろいろあるかなあと思うんですけど




真崎が思う


『人はひとりじゃ生きていけない』













『人は独りぼっちじゃ生きていけない』






です












真崎の中で

自分でも大嫌いでどうしようもないと思っている、ある"症状"があります

3か月に1回くらい出てます






誰かと一緒に
特に複数人で同じ空間を共有している時に


ふと

「あ、今自分独りだ」

と感じてしまう時があります





そう感じた瞬間


少し息苦しくなって
頭がくらくらして
涙腺がぎゅっと締め付けられて


且つ


同じ空間にいるはずの人たちに対して
嫌悪と憎悪と絶望感を覚える


みたいな状態になります




そうなった時は


涙がこぼれて場を乱す前に
そこにいる人たちに一方的な怒りのベクトルをぶつけてしまう前に



その場所から離れて
物理的な「ひとり」を選択することで

ようやく自分を落ち着ける事ができます






サークルでバレーしてた時や

みんなで一緒にご飯を食べている時

楽しい飲み会の最中など





たくさん人がいて
その場が盛り上がれば盛り上がっている時ほど


比較的よく

その症状が出ます







今年も最後の最後で

大切な企画が終わって
みんなで慰労し合う
すごく大切な食事の場で


まさかの"ソレ"になってしまって

ものすごい自己嫌悪になってました




「何故こんな風になってしまうんだろう」





泣きながら考えました











ブログでも何度か書いたけど



小学校の時に
女子集団からハブにされ


中学校の時に
男子集団から明らかな嫌がらせを受けていた時がありました




あの時の経験が想像以上に

自分の中に深く根強く残っているのだと

すごく痛感させられます





特に女子集団の方は深いです



「ともだち」という肩書の方々から

嫌というほど「独り」の寂しさを教えていただきました





「誰かを孤独にする事で自らの足場を固めて優越感に浸る」


という娯楽に興じていた彼女たちは

親切に毎日様々な作戦まで立てて
あの手この手で真崎の孤独感を駆り立てました




一緒に話しながら
真崎の分からない話をわざと持ち出してみんなで盛り上がったり


真崎が見えて声も聞こえる位置から
名前は出さずとも分かるくらい明らかに
真崎の悪口を言って笑っていたり


休み時間や教室移動の時は
「せーの」でダッシュして
真崎をおいてけぼりにする


などなどなどなど




今思い返せば
本当にくだらないのですが



これらの行為によって学んだことは




「独り」でいる寂しさ
「独り」でいる不安
「独り」を見られる羞恥心
「独り」を心配される悔しさ
「独り」を笑われる屈辱


そして


「独り」を放置する人たちへの絶望感





だった気がします















ある組織の中にいた時の話です
みんなでスポーツするとこです





同学年で
真崎より遅れて入ってきた
ある女の子がいました




その子は

スポーツがあまり得意ではなく
且つコミュニケーションも苦手な子でした





体育館の中で
更衣室の中で
飲み会の場で


その子はよく

「ひとり」でいました










2年生になってからしばらく経った時


彼女はいなくなりました











「辞めます」



その子からメールが来た時に

すごく焦って
その子と話に行きました





あまり感情を出さない彼女が



深夜のマクドナルドで
涙をぼろぼろ流しながら




「寂しかった」

「気付いてほしかった」




という気持ちを話したことを



今でもすごく覚えています














人をあまり信用してない





と、思います


真崎がです








基本的に人は好きです

人間不信とか
そういう深刻なのじゃないです





「人は自分が一番好き」

「人は自分の事聞いてもらいたい」

「人は自分が良ければいい」





って感じのやつです


あくまで真崎の経験則です











同じ空間の中に
「独り」の子がいても



自分自身が

「楽しい安全圏」

にいたら



気付いても放置したりします

気付かない人も多くいます






真崎自身


辞めてしまった彼女が
「独り」でいるとき


気付いて声をかける時もあれば

気付いてるけど
知らん顔してなにもしない時もありました




そんな時は大抵あれです


自分がみんなと一緒にいて
楽しんでる時です







その子といるよりも
みんなといる方が楽しい



そうどこかで思っていた自分自身に対して




もしかしたら一番


「自分が良ければいい」


という想いを持っているのかもしれません












そんな上で書くのは

非常に偽善的な気もするのですが









自分自身が「独り」になるのも



他の誰かが「独り」になるのも







真崎は


結構耐えられないみたいです










「独り」の怖さが染みついた心は


どうしようもないくらい

「独り」に敏感になっていたみたいです









「独り」の怖さってあれです



『自分はここに必要のない存在だ』



と思ってしまうことです







『自分はここに必要のない存在だ』



という感覚は

この言葉の響きから
感じる以上に苦しいです






「人は自分が必要とされなくなると生きていけない」と思っています


必要とされることで
自分の存在意義を確かめていないと

自分が存在することに不安を覚えてしまう生き物だと思っています








楽しい場で
真崎が「独り」だと感じるとき



例えば

自分が一番端の席で
前には誰もいなくて
逆サイドが盛り上がり始めて
自分の隣以降が全員そこにのっかって
隣の人が身体ごと逆向いて壁になって
会話に入りたくても入れない
誰かがその状態になっても誰も気づかず
ひたすら盛り上がり続ける





「自分はここに必要のない存在だ」


と思ってしまいます




だからそこからいなくなる事で

自分を守ろうとします










辞めさせてしまった彼女は


その空間で誰からも相手にされない
その孤独感から




「自分はここに必要のない存在だ」


と思ってしまったのだと思います




だからそこからいなくなる事で

自分を守ったのだと思います











「独り」は



時に人の生存を脅かします








どこに行っても


「自分はここに必要のない存在だ」


と思ってしまったなら








存在そのものを消すことで



自分を守ることができる










そう思ってもおかしくないくらいに


「独り」は恐怖だからです














「独り」はたくさんいます






友達と一緒に笑っていても
「独り」な人もいます


家族と家の中にいても
「独り」な子もいます


勉強についていけず
授業で「独り」な子もいます


仕事で成果が出ず
職場で「独り」な人もいます


自分の力を誇示することで
自分の居場所を得る一方で
弱さを出せない「独り」もいます


物理的「ひとり」の寂しさからくる
精神的「独り」の人もいます


物理的な「ひとり」ではなく
一見環境に恵まれている人でも
実は「独り」な人もいます












「独り」は


「独り」ひとりじゃどうしようもできないです







「独り」の自分じゃない誰かが


「独り」を「独り」じゃないようにしないと、ずっと「独り」なんです









「独り」の人には





気付いてくれる人が必要です

見てくれる人が必要です

聞いてくれる人が必要です

ふれてくれる人が必要です

笑いかけてくれる人が必要です

必要としてくれる人が必要です








そして




そばにいてくれる人が必要です










だから真崎は


「「独り」のそばにいる人」


になりたいです








「独り」を抱える
子どものそばにいたいです



出せない「独り」に
気付ける人でいたいです















この1年間コミットしてきた


自分にとって
本当に大切な組織と仲間がいます





もうすぐ世代交代で
後輩が中心になっていきます




責任と覚悟を持ちつつ

重圧に押し潰されそうな人もいます

力不足を感じている人もいます




そんな大切な人たち
大切な後輩の人たち


子ども教育という分野で

本気で一緒に
やっていこうと思っている仲間





誰ひとり「独り」にすることなく




『自分はここに必要のない存在だ』

なんて思わせることなく





みんなで
全力で子どもに向かえる環境を




まずは


自分からもっとつくっていきたいです









尊敬するSHINさんやマサさんから


ファシリテーションやチームビルディング


「why」を学ばせてもらっていますが







「誰も「独り」にしない環境」







いかなる時でも
つくっていけるように


自分に必要な学びだったんだと

後付けのようですが思うようになりました














真崎は


「~したい」みたいな夢はないです


「~な社会をつくりたい」みたいな高尚な志もないです









『目の前の人を「独り」にしない』










この想いひとつだけ持って


しばらく生きていってみようかと思います








2012年


自分なりに精一杯生きた結論です














自己満な記事で


例えばこの記事をなにかしらのメッセージに変換できないかと考えました



最後に書いてみます










人は「独り」じゃ生きていけないです




だから




身近にいる人たちが

身近にいる大切な人たちが


「独り」


じゃないか

よく見てみてほしいです








顔です


本当に笑ってるのか見てみてほしいです







あとは




自分が「独り」なら


違う誰かの「独り」とで


「ふたり」になってみてほしいです










「独り」の心で

夢や希望を描くことはできません






地域を、学校を、子どもを、大学生を、社会人を、社会を、日本を、世界を






救うまえに




まずは

目の前にある誰かの心を救ってほしいです


















あと数時間くらいで2012年終了です




皆さま本当にお世話になりました

ブログを読んで下さって
本当にありがとうございました






来年も書きます



直近で明日か明後日に書くかもです

一応来年です







そういうわけで






来年の真崎も



どうぞよろしくお願いします






真崎



ブログをご覧の皆さま
いつもありがとうございます
真崎です














様々なコミュニティがあります

複数人で構成されている小集団です






そのコミュニティの中に
必ず1人や2人


「いじられキャラ」


なる者が存在していると思います











開き直って言うなら、真崎です






今まで「いじられキャラ」と自称することは意識的に控えてきました




「わたしな~なんもしてないのにな~周りの人からな~「お前天然やな」って言われるねんけどな~天然ちゃうしな~♡」




自称いじられキャラは
自称天然キャラ的危うさがあると感じていたからです






「いじられキャラ」がいれば

「いじりキャラ」がいると思います



(そのコミュニティの中で「いじられキャラ」以外の人物は大小あれどほぼ「いじりキャラ」となるというのが真崎の経験則です)







今まで封印してきた「自らを「いじられキャラ」と呼ぶ行為」を、なぜこのタイミングで解禁しようと思ったのか




いじりキャラ

通称イジラー達に



ちょっと

物申してやろうかと思っています








友達の相談や
SNSなどで発信する様子などを見ていると


イジラー達の過激ないじりによって

時に心をやられている

イジラレラー達の存在があると感じます










すごく共感します




同時に



そんな彼らの為に
いじら歴11年(中1~)の真崎がなにかできる事はないかと考え


このブログを書こうと思いました





真崎の経験を中心に

悩めるイジラレラー達の感じているであろう事を書こうと思います





自分がイジラーだと思う皆さんは
今どこにいようと関係なくきちんと正座して読み進めていってほしいです



自分がイジラレラーだと思う皆さんは
日頃の苦悩をすべて利き手に集中させる意識で手の平に爪が食い込むほど拳を握りしめたまま読み進めていってほしいです

















『いじられキャラの本音』












目次


1.いじら例 ~笑って済ませられる編~
2.いじら例 ~本気で駄目ないじり編~
3.なぜいじりすぎると駄目なのか
4.これからの健全ないじりの為に

















1.いじら例 ~笑って済ませられる編~








ここでは
イジラレラー達が実際にどんな被害に遭っているのか
真崎の経験を元に紹介します



~笑って済ませられる編~ は

笑って済ませられるレベルのいじりです









【①滑らせ屋によるキラーパス】





真崎の経験上


イジラレラーの隣に高確率で存在しているのが

「滑らせ屋」です




滑らせ屋の特徴は



・いじられキャラを使って笑いを取ろうとする

・滑る余地しかないボケを振る

・いじられキャラが返す言葉に対して「はいスベったー」というコメントをすでに用意している

・「自分が滑らせている」という自覚症状が薄い




滑らせ屋は
自分ひとりで笑いを取ることは苦手で
しばしばいじられキャラを利用します


しかし


わざとなのか空気を読めていないのか


どう転んでも

滑るしかない振りをしてきます





ウィリアムテルが頭にりんごを乗せた人に弓を向けて見事そのりんごを射ち落とす的な試みをしようとする直前に頭の上のりんごをとって代わりに的となる人の顔にりんごの絵を書いて「ふひひひ」みたいな人です




もうアレです

絶体絶命なわけです



「あ、これ真面目に的狙ったら相手の顔に刺さるパターンだわ」みたいな感じでテルがちゃんと空気読める人じゃない限り絶対絶命なわけです








基本的に人は滑りたくないです


いじられキャラとて例外ではないです



その辺
滑らせ屋の人はちゃんと覚えていてほしいです









【②関東人による過剰な期待】




関東で友達が増えて
すごく感じています



関東の方々

「関西人おもろい」
って思い過ぎだと思うんです



関東に行った際
しばしばなにが起きるかというと


会話の中で
ボケを求められる回数が規格外なんです










滑らせ屋じゃないんですけど
結構返しにくい振りが来てはわくわくした目で答えを期待されてる感があるっちゃあります



「あれ、ここボケるところでしょ?笑」

「今のとこツッコんでよー笑」

「今のってノリツッコミするんじゃないの?笑」

「関西人そんなもんなーん?笑」








誤解を恐れず言うなら


関西人って別に面白くないです




ただ全国的に見ると比較的


「ボケ」「ツッコミ」が文化として浸透しているだけです


(漫才番組と吉本新喜劇の影響です)





「ボケ」「ツッコミ」は笑いじゃないです

習慣です






イギリス行った時

くしゃみをすると「Bless you!」「Thank you!」というやり取りが当然のように行われていたのですが



関西だって似たようなもので

相手がボケたり噛もうものならすさず「なんでやねん」「はい噛んだ今噛みましたよー」みたいなツッコミを入れるのがある種文化なんです



A「大阪ぜろ~ろくぅ~♪」

B「ろくごーはちよん にぃにぃにぃにぃ~♪」

AB「「にっほ~ん ぶんかっセンター♪」」



Aが突如歌い出しても
すぐさまこのような合唱が可能となるのも
関西の文化です




「ボケ」「ツッコミ」はただの文化です

実はそれだけとっても
特段面白いものでもないです


ここで笑いを取ろうと思ったら
やはりそれ相応のセンスが必要になってきます
適切なタイミングを図るのもその1つです





それは誰もが持ち得るものではありません

関西人だから持ってるものではありません



「関西人だから面白い」

という先入観と
それに基づくいじりは


時に関西人を窮地に立たせ
時に関東人を無駄にがっかりさせる


非常に無益なものです


覚えていて下さい

















2.いじら例 ~本気で駄目ないじり編~










以上2点は
わりと冗談で済むようないじりでした


もはや
まったく普遍的でない内容です
「いじら例 ~ただの真崎Ver~」です










ここからは

少し真面目に書いていきます













「本気で駄目ないじり」


だけど



多くのイジラレラーが体験してきているのではないかというものがあります






それが



『まともに話を聞いてもらえない』



です






どういうことかというと



こちらが真面目に話そうとしていたり
普通に会話をしたいという状況でも


口を開くと


「はい黙れ笑」
「うるさい笑」
「うざい笑」
「きもい笑」
「聞いてない笑」


といった暴言でねじ伏せられ

全く取り合ってもらえない時があります




こちらが「聞いてよ」と言えば言うほど


面白がって
無情な言葉と嘲笑でこちらの声をかき消します





それこそ
こちらが冗談で流せた時はいいのですが


本気で聞いてほしい話がある時に
そんな対応をされると


非常に悲しくなったり

非常に腹立だしくなったりします




あるコミュニティで
そのメンバー全員の前で話をさせてもらう
すごく大きな機会がありました


1年間そこで幹部として頑張ってきた人が
その想いや後輩へのメッセージを贈るような場です



真崎の番が回ってきて

マイクをもらって話し始めると



予想通り

数人がわざとらしく笑い始めます




思わず笑ってしまったというより


「真崎が出たら周りも巻き込んで笑ってやろう」

という魂胆がすごく見える笑い方でした






その人たちが真崎を嫌いなわけでないのは知っています





だけど



やっぱり

その時は
ちゃんと話を聞いてほしいわけです

本気で伝えようとしているからです









「いじられ」ゆえに


本気を取り合ってもらえない

本気を気付こうとしてもらえない



ということがあります






相談してきた友達は
これに傷ついています









ここに書いたのは一例ですが




要は


『相手が本気で嫌がっている事をする』



のが駄目いじりです



















3.なぜいじりすぎると駄目なのか














前章と重なる部分がありますが



いじられキャラは


過度のいじり
不謹慎ないじり


によって、意外と傷ついてます




だけど

よっぽどのことがないかぎり
それを表に出すことはしません



普段いじりを笑って受け止める自分が
本気で落ち込んだり怒ったりすることで
場の空気が悪くなることを知っているからです
それは自分の本意ではないからです






且つ

これは真崎の経験談ですが




いじられる事を拒否することに

なんらかの不安を覚えている人もいると思います





真崎の場合は


「ひとりになる恐怖」


でした






小5、6のときです



女子グループでハブにされて
物理的にも精神的にもひとりぼっちで
新しい居場所を求めて


違うグループに入った時は
すごく必死でした



そのグループの人たちが
真崎を求めていないことは
もう感覚的に理解できたことで


だけどひとりになりたくないから


ドラマ見たり
雑誌読んだり
歌の歌詞覚えたり


話についていけるよう必死でした

馬鹿にされても笑ってました






その苦痛や屈辱感よりも


ひとりぼっちの方が嫌だったからです












真崎の大好きな

重松清さんの『青い鳥』という短編のお話があります





野口くんという男の子がいます


中学2年生で

所謂「いじられキャラ」です




クラスのみんなに無茶を言われては

「カンベンしてくださいよぉ」
「それキツイっすよぉ」

と笑って


だけど指令通り
実家で経営しているコンビニから
物を盗んではクラスメイトに渡していました



笑ってるから
みんな気付かなかったみたいでした


「いじめてるつもりなんか、なかった」


というのが
クラスメイトの本音の本音の本音でした






『みんなに無理難題をふっかけられて、「カンベンしてくださいよぉ」と笑いながら身をくねらせて、ちゃんとリクエストに応える。「もう余力ないっすよ、あともう死ぬっきゃないっすよ」と笑いながら言って、みんなが笑うと自分も笑って、その笑い方がおかしくてみんながまた笑って、ウケたのが嬉しくてしかたないみたいに野口もまた笑って、笑って、笑って、笑って………九月の半ば過ぎに、あいつは、自宅で首を吊った』
























いじる側にとっても

「いじめる」ということは
本意ではないと思います




だけど





時には

サインが出てます



「もう無理」

というサインです





真正面からは出しにくいけど

さりげなく発しているサインがあります









笑ってても

心は泣いている

みたいなやつです














そのサインを見逃し続けて


結局

相手が本気で嫌だと思っていることを
加えて複数人で行い続けて




お互い不本意な形で


「いじめ」が成立したりします















すごく大げさな事を書いていると思われるかもしれませんが




「いじられキャラ」の人は



これが大げさでないことを

多分知っていると思います










そういうことなんだと思います






















4.これからの健全ないじりの為に











健全な人間関係は
誰にとっても幸せの必須条件です


健全な いじり×いじられ の関係も
もはや例外ではありません




このブログを通して


「いじるな」


と言いたいのではないです

いじって構ってもらえるのは真崎は嬉しいです















「いじりすぎるな」


ということです







もっと言えば


「相手が嫌だと感じた時点でそれ以上はいじるな」


ということです










「じゃあどないしたらいいですのん」



となっているイジラーの方へ







真崎は、すこぶる親切です






「イジラレラーが放つ「本気で嫌だ」の3つのサイン」


をお伝えしようと思います





いじってる途中に

イジラレラーが以下3つの行動をとった場合




即刻いじりを中断して下さい


ぎりぎりセーフになります










①急に黙る



真崎の親友のいじられキャラが
よく使ってたやつです

今までふつうにいじられてたのに
限界が来ると突如黙って俯きます


よほど鈍い人でない限り

「え、やばい?」

と感じるようです







②「ほんまに」という副詞を使う


「ほんまにやめて」
「ほんまに無理」
「ほんまに聞いて」


これ、ほんまに本気の言葉です

その可能性が高いです


つまり

それ無視するとややこしいやつです







③泣く




真崎が使います
というか涙が出てきます

本気で辛いからです


それでも面白がる人がいますが
正直そういう人といるのはかなりきついです
「空気読め」って思います













是非

日常的な「いじり」の場において
意識していてほしいと思います




このブログが
世のイジラレラーの代弁となっていれば嬉しい限りです
的外してたらごめんなさい



もしいじられすぎて悩んでいる
イジラレラーの方々がいたら


このブログをプリントアウトして
可愛い封筒に入れて
元凶であるイジラーに笑顔で手渡しして下さい
その先は知りません













とりあえず



人間同士

仲良くやりましょうってことです





真崎







にほんブログ村 大学生日記ブログへ
にほんブログ村


記事を読んでイイネと思って下さった方は
クリックいただけると嬉しいです