せめて、真崎らしく。 -11ページ目

せめて、真崎らしく。

そんな感じです。




「新宿二丁目に、ゲイが集うベローチェがあるんです。略して「二ベロ」。行きますか?」


行った




鈍感にも私は気付かなかったけど
一緒にいた彼と彼女は
入った瞬間から「変な視線を感じた」とのこと

ゲイの皆さんにとっては
「二ベロ」は常識らしい
遠方から来た方が東京来たら二ベロ行くという一種の観光地となっているそう



そんな二ベロで
彼はいろんなことを教えてくれた


不登校の時のこと

その後進学した高校のこと

そして今いる大学のこと

教員志望であること

ゲイのこと

仮面ライダーのこと




彼と出会ったのは6月

LGBTの団体が主催した
ある教育系講演会イベントにて


講演後のワールドカフェでテーブルを共にした彼は、自己紹介で不登校経験があることと自身がゲイであることを教えてくれて

もっと話してみたいと思った矢先
仕事の中である話が持ち上がり
そのために最近動き出した



彼にお願いしたのは「取材」


子どもの時から今に至るまで
不登校経験から国立大学進学に至るまで

出来事や気持ちを
いろいろと聞かせてもらった



最初に断りだけ入れて
私はズカズカと聞いた

彼は丁寧に話してくれた








「不登校の経験や今の状況に対して「つらい経験を「乗り越えた」」と言う人もいるのですが…」



彼が、言葉を詰まらせた


なぜか分からないけど
少しだけチクッとする感覚




乗り越えた…



乗り越えた…






「…僕はたぶんまだ乗り越えていないですし、なにをもって「乗り越えた」って言うんですかね。」


チクチク




「小学校から中学校まで6年間学校に行っていなくて、そこから高校に進学して、国立大学に進学して、今教員目指しているっていうこの話は、確かに「美談」になると思います。」


チクチク





"不登校の経験を「乗り越えて」今はこうして「普通に」暮らしているという、客観的に見たらそうとも捉えられる自分のここまでの人生を、時々「美談」として見世物にされている気がするんだ。"




今の仕事や組織とはまた違ったコミュニティの中で、ある人が言ってたこと


なんだか、その時のことを思い出す





これからも取材は続けるつもり


だけど

なんだろ、この感じ





「乗り越えた」という違和感


「美談」という違和感


分からないけど、時に、不快感






勝手に反省してる



なんだかなぁ














!!ヾ(´ω`!!本が出版されました!!´ω`)ノ!!


が本題だったんだけどなぁ






ここに至るまでに「長っ」て読むの中断って方がいたらもう本末転倒感ハンパないんですけど



私が所属している

「不登校サポート NPO法人いばしょづくり」

において


本が出版されました





「不登校」

を、唯一の共通キーワードとして


・不登校当事者、経験者

・保護者

・支援者



がそれぞれの原稿を投稿したものを1つの形にしたものです





それぞれの人が

それぞれの経験と

それぞれの想いを

それぞれの言葉で綴ったもの



なので



なんかこう


美談とかじゃなく

不登校生だから不登校経験者だから保護者だから支援者だからっていう、なんか一段階抽象化された立場的な話じゃなく



その人を感じられるから

この形で読んでみてほしいってすごく思います



取材とか進行中でなんやけど

この「その人の言葉」にふれてほしい

そこに価値があるってすごく思います




あと、しーちゃんが絵を書いてます

表紙の絵はしーちゃんです



見てほしいです




本の内容や購入に関する詳細は

【こちらの記事】

をご覧下さい



興味を持って下さった方は

個人的に私に伝えて下さっても大丈夫です



おこがましながら
私も記事を書かせてもらいました

ついでのついでのついでくらいで
見てもらえたら嬉しいなって思います




ということで

そんなお知らせでした





最後にまた私の気持ちでも書こうかなと思ったけど


HERO始まったので終わります

よろしくお願いします



真崎



かなり以前に「おすすめブログ紹介」的な記事を書いたことがあり

『おすすめブログのご紹介です』



前前職をクビになった時に書いて
この記事のあと転職してまた辞めて

なんだかんだで今
上の記事で勝手にご紹介した
「あんまり知らないけど多分結構いいひとだと思う人」の元で働いてるから人生不思議




記事で紹介したのはこちらのブログ



水野敬也さん
「ウケるブログ」

阿部伸一さん
「不登校でイイじゃん」



どちらの方が上司かは秘密

くコ:彡






そんな感じで第2弾

おすすめブログのご紹介



大学4年~社会人なって少し
くらいまで関わってた教育系NPO


1週間実家に帰省ということで
当時の仲間と会って飲んだり
会えないけどskypeで今の仕事についていろいろ話してみたり



当時の話も
現在の話も
これからの話も

いろいろ話してみたり




してた中で


多田が言った



「しらたなおやさんって知ってますか?」





知ってる


ほぼ一方的に



Teach For Japanの教師派遣事業

「Next Teacher Program(通称NTP)」

の第1期生として
現在奈良の公立小学校で教師をされている方


奈良教委の方々と飲んだ席で
1度だけご一緒したことあるけど
あまりお話してない


ただ話の端々から
すごいエネルギー量感じた方






「しらたなおやさんが、ブログに「教師とは」みたいな記事を書いてたんですけど、それがねーなんかすごく残ってます。」




ってことで、ブログ探した




教師やってる人の「教師とは」的な記事って実際のところどないですのん


ってすごい斜に構えた感じで
ブログ探した







あった


『もし元楽天社員が学校の先生になったら』




読んだ


「教師ってなんだろう」





あー って思った






この方の考えてること
この方の見てきたこと

もっと知りたいなと思った




ウケるブログ

不登校でもイイじゃん



に続いて久々

一気に全部の記事読んだ






人のブログご紹介中だけど
自分の話





学校現場で毎日子どもと向き合ってはる先生が書いて発信しているものって

私が探してないかもなだけやけど
あんまりない気がしてて

てか安易にできひんのかもやけど





かつて自分が言われた言葉の中で
ものすごく痛かったのが


「あなたの描く理想の中に、子どもの姿が見えない」


という言葉 

by ぺんぺん



しらたさんのブログを読みながら
その言葉を思い出した




初めて教育の道行こうと思った時から
いま現在までを振り返ってみて


一番"しっかり"理想を描いていたのは

たぶん、子どもと関わり始める前だった





教育をめぐる議論は盛ん


私もよく教育系のイベントに行って
いろーんな人の話を聞いてみて
いろーんな人と意見交換してみて




その度に

今接している生徒の顔が浮かんで



「この場に○○がおったらどんなこと感じるんやろ」

「△△の意見聞いてみたいな」

「でもこの空気感じゃ、話さん気する」



"子どもたちのために教育について考えよう"

という場における違和感は
なんかあった


(でもそういうきっかけを通じて教育とか子どものこととか考えたり調べたりしてみよう、って思う人が増えるのはすごく素敵だと思う)




現場の子ども

そして、現場の先生


そんな「当事者不在」の状態だと

理想と現実の噛み合わせはズレていってしまう気がする






しらたさんの言葉が
現場のすべてを物語っているわけではないし
それこそ一般化は不可能という前提で



ひとつのケースとして



それこそ最近よく言う

「教師になる人は一度社会人経験(≒民間企業で働いてみる)を積んだ方がいい」

ということで

大手企業で経験積んでからの
教師になった人の例として




その方が

今実際に現場でどんなことを感じながら生徒と接しているのか



なんかすごく知ってほしくなったので

例に倣ってまた勝手に紹介しました







なんか

なんかなんか



今小中高生と関わってて

そん中でめっちゃ「学校の先生」の悪口聞くんですけど





だから、てわけじゃないんですけど





現場で働いている先生の中で


しらたさん的な

なんか「人間ぽい」感じの人の見たもの感じたこと考えたこと




を、子どもにも見てみてほしいなー





とか、思ったり思わなかったりで





『もし元楽天社員が学校の先生になったら』


勝手に紹介しました




真崎





この日のこのタイミングで
こういう話をしようとすること自体


ネットを通した見知らぬ誰かから


「普段は無関心なクセにこういう日だけ平和を語ったり黙祷したりする」

「なにも分かってない浅はかな奴だ」

「都合のよい時だけ綺麗ごと言ってるけど、じゃあそのためになにしてんの?」


そんな言葉が飛んできそうで
すごく嫌、ってか、すごく怖かった

けど



今んとこそれは
自分から自分様宛の言葉で

0か100か
100できないなら0だ

そんな自分のビビりなスタンスが
もしかしたら、今後もっと危ない状況を招くような気がして



中途半端なことしか書けないけど
書こうと思った


怖い

あと、長い








小学校の時学童保育に通っていて
小2のある日そこの本棚にやってきたのが
「はだしのゲン」


それがなんの本なのか知らず
漫画だったから「しめた」と思い手にとった


小2の時でまだ社会科の授業は受けていなかったはずで、「戦争」という言葉や出来事を知っていたのかどうかも覚えていない



1巻を読み始めてすぐに
ゲンのお父さんが竹やり訓練を放棄して警察に捕まって
子供たち3人は学校でいじめにあって
周りの人が彼らのことを
揃いも揃って「非国民」と呼んでいて


1巻の最後に、広島に原爆が落ちて


そこからの描写が小2の私には怖くて
怖い描写が終わるところまで
パラパラと飛ばして続きを読み進めた


同じ本を何度も読む子供だった私は
はだしのゲンも例外なく何度も何度も読んだ


なにを感じていたのか覚えていない

ただ、何度も何度も読んだ


出てくる子供たちはよく「うわーんうわーん」という泣き声で泣いていて、友達と「変な泣き方だね」と言っていた





私が住んでいるところは
少し奥まで行くとすごく田舎になって


そこには「防空壕」が残っていた


防空壕がどういうものかは
はだしのゲンで学んだ


小学生の時に友達と入りにいった
自由研究かなにかだったと思う

入ると少し下に下がる坂があって
足元の土はすぐボロボロと崩れて
「アリ地獄みたい!」と友達と笑った記憶がある

同じく小学生の時
友達の祖母が戦争経験者で
その話を聞きに家まで行ったが
話の内容はまったく覚えていない



近くのコンビニに「かんぱん」が売っていた
ゲンがよく食べてた

80円くらいの、安いパン
1度だけ買って食べた
パサパサだった

それ以来食べていない
当時は「ランチパック」が中学校で大ブームだった




社会科の授業は嫌いだった
面白くなかったから

だけど暗記が得意だったので
点数はいつも良くて
成績はいつも「5」がついた


1937 盧溝橋事件
1938 国家総動員法
1940 日独伊三国軍事同盟
1941 真珠湾攻撃
1942 ミッドウェー海戦


1945

8.6 広島に原爆投下
8.9 長崎に原爆投下
8.15 玉音放送、終戦






年を覚え出来事を覚え
テストで書いて○をもらった
満足だった




成績の良かった私は
「就職に1番有利だから」という母の推しもあり
「立命館大学 国際関係学部」に入学した


立命館大学衣笠キャンパスには
「国際平和ミュージアム」が併設されている


キャンパスナビゲーターの契約をして
単発で何度か仕事をもらった

中学生や高校生、保護者
大学に来た人たちを引率して学校を回り
各建物の説明をしたり
大学生活の話をしたりする仕事


国際ミュージアムもコースに入っていた


「過去の歴史に学び、未来の平和を願って開設さた博物館です。過去の戦争の実態を伝えるとともに現代の戦争やその国際背景についても学ぶことができる展示や研究、教育を発展させることを目的としています。」


これはHPにのっている説明

ナビの時にはそんな言葉を覚えて伝えていた




国際関係学部、という学部では
国同士の戦争や1国の中で起こる内戦などについて学ぶ機会が多くあった


「平和学」

という授業を受講した
単位が取りやすいと噂だった

平和学は1限目の授業で
朝起きられずによくサボった


久々に行った授業で
あるドキュメンタリーを見た


それが「学徒出陣」について

言葉はきちんと"暗記"していた



「学校」に身を置いた17年間の中で

ただ1度だけ、涙した授業になった



壮行会の様子

壮行会でのスピーチ

特攻の話

戦後の話

当時の学生の話



あの時の感情は
ただひとえに「怖い」だったと思う


この時が一番、戦争を「怖い」と感じた時だと思う



図書館に行って
参考文献を読んだりした

やっぱり怖かった

どう考えてもいろいろ変だった




戦争 怖い おかしい


そんな気持ちは

多分

一瞬の間に
日常の中に溶けていった




過去のものは過去のものとして
簡単に私の中を通り抜けていって


今、目の前

今、ごく身近なこと


その世界が私のすべてで

過去の話や他の国の話
もしかしたら同じ国の中の話さえも

時に心を痛めながら
だけどいつも「他人事」のままに溶かしていってた、そう思う









そして、気付いたら


なんか「戦争」の気配が近くにあった






戦争が近づいてくる、は解釈で

憲法解釈が変更されたり
集団的自衛権が閣議決定されたり

というのが、事実



その事実の捉え方は様々だけど

私には「戦争の気配がする」ように感じる





そういった世間の声を目にする中で
一緒に流れ込んでくる


「国民の「無関心」と「思考停止」がこの状況を招いている」



個人的に、痛すぎた言葉




話を聞くだけでも
あんなにひどかった戦争

またそうなることなんて
どこかで「ありえない」と思ってた




私はなんのために


はだしのゲンを読んで
防空壕を見に行って
学校で歴史を学んで
少しばかりの知識を身につけて
戦争のドラマや映画を見て
平和学にふれて
学徒出陣に涙して
本を読んでみて


戦争を知る機会にふれ
時に知ろうと動いてきたのだろう




日々が刺激的で
日々が楽しくて
日々がどこか平和で


平和って続くもんだと思ってた

だから続けと願うこともなかった



きっとこんなことが
過去の中で既にあったんだと思う

あったけど、受け取ってなかった



え、これが平和ぼけ?


そんな感じ






この状況になって
ネットには「戦争」を基軸に、いろんな人の言葉や情報が氾濫している


いろいろ、読んだ


戦争に断固反対な人の言葉も
集団的自衛権と戦争は関係ないという人の言葉も
近く日本は戦争するという人の言葉も
それは誇大解釈だという人の言葉も
戦争経験者の人の言葉も
自民党の中心にいる人たちの言葉も


結局どれも人の言葉
正誤不明の情報やいち個人の考え

どれも正しそうに聞こえたり
どれも詭弁に見えたりする






その中で

私はどう感じて

私はどうしたいのか





言葉にすると簡単で
立場は明確なんだけど



やっぱ、戦争とか、ものっそい嫌だ




猛烈に嫌

100害あって1利ない

人が争って血流して人が死んで人の心が死んで得る利なんてそんなの絶対必要じゃない

もう絶対嫌





そう、絶対に嫌




って




そう思ってるなら

そう思ったままなにもしない
口だけで平和を祈願しながら
世の中の流れるままに身を任せ続ける



だけじゃ

ものすごく不十分な状況になってる



なってるっつーか

きっと、ずっと、そうだった


すんごい今更なんだけど






0か100か


戦争が嫌って言うんだったら
そのためにお前ができることちゃんと全部やってかなきゃおかしいだろう

それができないなら
なにも言わないのが一番賢明だろう


そんな感じで、よく0を選ぶ





けど


そんなよく分かんない論理と
その奥にある自己保身も別に意味ないから



明確に「嫌だ」って主張を言ってみるとこから始めてみることにした


じゃあ今から他になにができるだろう





「自分のために自分を大切に生きる」

ってことと



「自分のことだけ考えて生きる」

ってことは、絶対違うと思ってて




なんか

分かんないけど



今のこの状況は

後者の結晶な気がしてて




だから、誰かがどうにかする、ということじゃないんだと、強く強く思う





そう思う








上手くまとまらなかったけど

今思うことを書いてみました



読んで下さってありがとうございました




真崎