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2017-04-08 02:44:15

レット・イット・ビーの意味

テーマ:ブログ

前々から


「どうして宗教が原因で戦争が起きるのだろう」


という疑問を抱いていました。


すべての宗教を知っているわけではもちろんないのですが、


宗教は基本的に「愛」を説くものだという印象があります。


「自分を愛するように、隣人を愛せよ」

「自分がしてほしくないことは他人にするな」


具体的な表現は違えど、同じようなことを唱えているはずで、

だとしたら、


「宗教が原因で争いが起きる」ことほど矛盾したことはないと思うのです。


だって、戦争ほど愛とかけ離れたものってないじゃないですか。


この問題に関しては色々な説明がなされているしそれを見聞きしたこともあるのですが、しっくりきていなくて、


ただ、昨日、


「ああ、これは確かに戦争になるかもなぁ」


と感じる出来事がありました。

 


僕は毎日、自転車に乗って自宅近くの事務所に行って作業をしているのですが、


いつもどおり自転車に乗っていると、


新しいレストラン(というより、こじんまりしたご飯屋)がオープンしていたんです。


それで、昼食をまだ取っていなかったので、試しに食べてみるかと思ったのですが、


近くに自転車を止めれそうな場所がありませんでした。


そのお店はオフィスビルに入っていて、近くに自転車止めたら相当ダメな雰囲気なんですね。

というか、基本、街中は駐輪禁止なんですけど、


ぶっちゃけた話、すでに何台か自転車が止められていて


「みんながとめてるからいっか」


となる場所と


「ここにとめたらかなりまずいぞ」


っていう場所があるじゃないですか。


それで、その場所は完全に後者の雰囲気だったのですが、


ただ、もしテイクアウトできればすぐに持っていけるし、


そのお店がおいしかったら今後使えるという意味でも


できれば寄っておきたい、時間がかかっても15分くらいだし、という状況で


ガードレール脇に自転車を止めて、


自転車から降りるところまでいったんですけど、


それでもやっぱり空気的に止めちゃだめな場所なので、


(うわー、どうしようかな)


と相当迷った、


まさにその瞬間、事件が起きたんですけど、

 

 

僕、家を出てからずっとビートルズのベストアルバム聞いてたんですね。

 

 

そして、自転車を止めて


(うわー、どうしようかな)


って迷った、まさにそのタイミングで、ポール・マッカートニーが


 

「レリビー! (Let it be)」


 

って叫んだんですよ。


ぜひ、ここで名曲、Let it beのメロディを思い出しながら、


駐車した自転車の前に立つ僕になりきってもらいたいのですが、


このタイミングで耳元で「レリビー!」って絶叫されたら


 

 

「自転車はそのまま置いて(Let it be)いいのさ」

 

 


ってポールが言っている気がしてくるんですよ。

 


レリビー! 


レリビー! 


レリビー! 


レリビー!

 

とポールがメロディを変えて叫ぶたびに、一歩一歩、自信を持って自転車から遠のいていける僕がいたわけです。

 

そしてこのとき、「そうか、そういうことか」と気づきました。

 

ポールは、「Let it be」という曲に関して「自転車を放置していいんだよ」とは歌っているはずがなく、

 

「あるがままの自分で生きよう」


という、人類愛を歌ったんだと思うんです。

 

それは、深い意味での「真理」であり、ある意味では「道徳的な考え」と呼べるものかもしれません。

 

ただ、


人が何が悪いことをしようとするとき


もっと言うと


「欲望を満たしたいと思ったとき」


この、「真理」や「道徳」を根拠にすることで

 

 

欲望が「加速」する

 

 

のです。


つまり、この状態は、

 


ハイブリッド

 


なのです。

 

世の中では

 

「おいしくて安い」ものが流行るように


「便利で美しい」ものが流行るように

 

「欲望が『真理』や『道徳』というバックボーンを手に入れたとき」

 

欲望に対する歯止めは「最高に効かなくなる」。

 

つまり、「愛」の力が強まれば強まるほど、

 

「愛と手を組んだ悪」もまた、その力を手にすることになるという

 

極めて自然な化学反応であるということなんですね。

 

だからこそ、

 

人類に対して最も影響を持った素晴らしい宗教こそが、

 

最も人を殺すことに加担する、ということが起き得てしまうわけです。

 


―――というわけで、もし僕がこの話をブログに書こうと思わなかったら

間違いなく、自転車を止めたまま昼食を食べに行っていましたね。

 

「これをブログに書いたら『駐輪禁止の場所に自転車止めたんかい』って指摘されるから、ネットってそういう場所だから、ブログに書くために自転車止めずにおこう」と思って再び自転車を漕ぎ出した結果、この出来事を書くことができているわけですが、こうした僕の「欲望」もまた、人間の自然な化学反応の一種なのだと思います。

 

 

言ってしまえば、


なぜ宗教戦争という矛盾が起きるのかということに対しての

 

「俺、気づいちゃいました」アピールですよね。

 

 

愛が力を強めていけばいくほど、


同時に


悪と手を組む愛もまた力を強める

 

と同時に

 

「悪と手を組む愛」という現象に「お前らの矛盾の理由に俺は気づいたったぞ」と言いたくなる欲求も強まる 

水野イマココ

 

 

と同時に……


 

と同時に……


 

てな感じで、結局、世界における何かは逆の何かを支え続けていく宿命であり、


聖職者も犯罪者も「世界」というパズルの一部を担っているに過ぎず、


善は悪を、悪は善を支えることになるのでしょう。

(もちろん、この考えもまた、悪用することも善用することもできますし、どちらを選らんだ場合もその対抗勢力が必ず生まれます)

 

 

というわけで、こうしてブログを書きながら頭を整理してみて気づいたことは、

 

 

別に、自転車止めてランチを食べても良かったんじゃねえか

 

 

ということですね。

 

僕はこれまで


「人間は生まれつきの環境や才能に関わらず何者にでもなれることを伝えることで世界は素晴らしくなる」


と思って頑張ってきたのですが、


冷静に考えたら


そんなわけねえですよ。


もしそんな世界が創れたとしても、僕が求めた光が支える闇が必ず存在することになりますからね。


「ジェンナーが天然痘を終わらせたように、人類は水野敬也で劣等感を終わらせる」

 

って書かれた紙が僕の部屋の壁に貼ってありますけどね、

 

 

天然痘終わっても、世界から不幸なくなっとらんし。

 

 

不幸の総量、全然減っとらんし。

 

 

まあそれでもやりますけどね。

 

せっかく生まれたし、それ以外やることないんで。

 

 

というわけで


「世界を変える」「世界を素晴らしくする」


と考えて頑張ってきた人は、結局のところ、


「認知の歪み」


という5文字で説明がついてしまうのです。

 

エジソンもアインシュタインも坂本龍馬も「認知の歪みクソ野郎」なわけですよ。

 

 

――ということを再認識することになったこのブログを、僕は書くべきだったのだろうか。

 

 

やはり、あのまま「レリビー!」の歌声に身を任せてランチを食べていた方が良かったんじゃないか

 


そして、


もしかしたら、

 

ポール・マッカートニーはすべてを理解した上でこの歌を歌っていて

 

 

つまり、「世界はあるがままに流れるしかないもの」であり、

 

 

彼の歌う「Let it be」は、本当に、

 

 

 

「自転車はそのままでいいんだよ」


 

 

というメッセージだったかもしれないと思えてくるのです。

 

 

 

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